1. トップ
  2. レポート・コラム
  3. コラム
  4. イギリスにおける経営者報酬制度改革—株主の春は夏へと向かうか?—

イギリスにおける経営者報酬制度改革—株主の春は夏へと向かうか?—

2012年07月25日

政策調査部 主席研究員 鈴木 裕

経営者報酬の決定にあたり株主の関与を一層強める制度改正がイギリスで進んでいる(※1)。経営者報酬は、企業ガバナンスの重要問題であり続けており、10年前にも大きな制度改正があったが、報酬の高騰に歯止めが掛けられなかった。今回の改正では、基本的に従来の制度の枠組みを維持するが、経営者報酬に関して株主総会での可決承認を必須とする点と、報酬関連情報の簡潔な表示を義務化する点は、大きな変化であろう。


イギリスだけでなく、近年欧米では経営者報酬制度の見直しが相次いでいる。経営者報酬が株主の利益と関係なしに高騰することは、株主から見れば株主に配分されるべき利益を侵害されているのに等しいし、報酬体系によっては、リスクの高すぎる経営方針を選択する動機となりかねない。そこで、報酬体系の決定を経営者自身に委ねるのではなく、株主総会における投票を通じて株主が報酬決定プロセスに関与するようにするという方向での制度改革が進められた。これを報酬支払(PAY)について株主が発言する(SAY)ものであるということから、「SAY ON PAY」と呼ぶ。わが国では報酬の総枠は株主が決めるのが原則であることから、この点では欧米のコーポレートガバナンスの先を行くものといえるだろう。


このSAY ON PAYをもっとも早く実施したのはイギリスだった。イギリスでは1999年からSAY ON PAYが検討されるようになった。当時は、企業経営者の報酬が企業業績と無関係に増加し、物価上昇率や労働者の賃金増加率をはるかに上回るペースで上昇する例もあった。機関投資家からは投資先企業に対して、経営者報酬の適正化や報酬決定プロセスへの投資家の参加などを求める声が上がっていた。機関投資家の要望に応える企業もあり、自発的対応としてSAY ON PAYの導入も部分的ではあるが進んだ。こうした中で、経営者報酬報告規則(Directors’ Remuneration Report Regulations:DRRR)が2002年に導入され、同年末以降に終了する事業年度から適用されるようになった。DRRRは、経営者報酬報告を企業の開示情報として位置づけ、これを定時総会で株主の投票に諮ることを義務付けた。この規定は、2006年に会社法に引き継がれ現在に至る。


欧州においては、2004年にSAY ON PAYの法制化がEU加盟各国に推奨された(※2)。EUでは、経営者報酬に関する方針やその変更を株主総会の議案とすべきこと、報酬の報告書に関して総会で承認を得ること、などが推奨された。これにしたがって欧州各国でSAY ON PAYの導入が進み、何らかの形で株主が報酬の決定に関与する仕組みが普及している。


こうした欧州の動きに対して、アメリカでは検討はされてきたものの反対も多く、なかなか実施されなかったが、リーマンショックによって経営者報酬の適正化が必要との認識が広まり、2010年のいわゆるドッド=フランク法で導入されるに至った。昨年と今年の株主総会で、株主が経営者報酬の議案に対して多くの反対票を投じた状況を指して、アラブの春になぞらえて株主の春などということもある。


しかし、この株主の春が、報酬決定に関する経営者の行動を変えるものであるかは、大きな疑問がある。アメリカや多くの欧州諸国でのSAY ON PAYは、株主総会での決議に法的な効力を認めない(非拘束的決議あるいは勧告的決議という)。いかに多くの反対があろうとも、経営者はそれに縛られることなく、自らの報酬額を決定できるのである。


実際、イギリスではFTSE 100に含まれる会社のCEO報酬の平均値が、1998年の100万£から2010年には425万£に膨れ上がっており、SAY ON PAYが経営者報酬の高騰を抑制する効果がないことは明らかになっている(※3)。そこで、SAY ON PAYの強化策が検討されることとなった。強化策の一つは、拘束的決議の導入である。今後支払われる報酬についての基本方針を株主総会の議案にするというものである。基本方針が否決された場合には、その方針に基づく報酬の支払いは許されなくなる。基本方針に変更がない場合でも、少なくとも3年に1回は、株主総会に諮ることとされる。強化策の第二は、経営者報酬に関する情報開示の一層の充実だ。詳細な情報を開示するとともに、分かり易い数値(single figure)を報告することとされる。読解の難しい複雑で大量な情報ではなく、分かり易く経営者報酬の現状を表現し、それを株主の判断に供するという趣旨である。


アメリカと欧州諸国がモデルとしたイギリスのSAY ON PAYが抜本的に見直されることとなれば、将来的には他の国々が追随する可能性もある。経営者報酬の決定方法は、欧米流のSAY ON PAYを基準にその良し悪しを評価されるようになるだろう。日本では、報酬の総枠は株主が決めるとはいえ、欧米に比較すると報酬に関する情報開示が十分であるとは言い難いし、実際に支払われる報酬の適切性を株主が審査する仕組みもいまだ作られていない。この点が、日本の企業ガバナンスの新たな問題点とされるようになるのではないだろうか。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
執筆者紹介
政策調査部
主席研究員 鈴木 裕