日本の「オープン」は、どこへ向かう?

RSS

2012年07月04日

最近、「オープンデータ」という言葉を聞くようになった。意味は「公共データの有効活用」ということらしい。公共データと聞いて思い浮かべたのは、社会保障・税番号制度が対象とする個人性の高いデータである。しかし「オープンデータが拓く未来~動き出した日本の公共データ活用~」(※1)というシンポジウムで示された定義によると、そのようなデータではなく、公共機関が持っている街灯や消火栓の位置情報、防犯や防災にかかわる情報などのことであった。

欧州では、「加盟国は、公的機関が保有する情報の再利用が可能な場合には、商業・非商業の目的を問わずこれらの情報が再利用可能であることを確保しなければならない(※2)」というEU指令を出している。また公共データを、経済的可能性を秘めた金脈とみており、「透明性向上」「公共サービス向上」「経済活性化」をオープン化の目的としているそうである。すでにイギリスやフランスなどでは、ポータルサイトで交通・雇用・都市計画など、さまざまなデータがオープン化されており、これらを利用して民間企業がサービスを提供しているという。

日本の「電子行政に関するタスクフォース」で考えられているサービス例 (※3)を見ると、このようなサービスが受けられるなら、オープンにするのはいいことのように感じた。ただし、公共データ自体に個人性はないとしても、サービスの内容によっては個人性のある民間データと連携させる必要があるため、利用方法については注意が必要となろう。


一方、民間が扱う、個人性がありオープンになっているものでは、ソーシャルメディア発のデータを始め、検索結果や購買履歴など、発信する本人が意識しているかどうかにかかわらず膨大なデータが存在する。検索データそのものはオープンにされていないが、検索データが分析されて検索結果が表示されることを考えると、間接的にオープンになっているといえるだろう。また他人がソーシャルメディアに書き込んだ自分に関する情報も、不特定多数にみられる可能性を考えるとオープン状態にあるといっていいだろう。どちらも自分で制御できるデータではない。ご存知の方も多いと思うが、検索キーワードに自分の名前を入力しようとすると、その名前と関連性が高いものとして犯罪行為の語句が表示されるため、就職などに支障をきたしたと訴訟になった例がある(※4)。また米国では、Facebookのようなソーシャルメディアでの書き込みを、離婚の証拠として利用することが増加していると回答した弁護士が約8割という調査がある(※5)


こうしたデータの扱いについて、欧州と米国では正反対といってもいい考え方をしているのが興味深い。2012年1月、欧州委員会に「忘れられる権利」を盛り込んだ法案が提出された(※6)。ネット企業に対して、写真や名前などの消去を要請できる権利である。自分が公開したデータだけでなく、コピーされたものも対象とされる。一方、米国では、「知る権利」「表現の自由」「報道の自由」といった観点から、本人といえどもデータを消す権利があるとは考えていないようである (※7)。どちらの言い分ももっともと感じるし、行き過ぎとも感じる。万が一のことを考えれば(被害者の立場になることを想定すれば)、欧州のやり方に賛成せざるを得ないのかもしれない。しかし東日本大震災の発生後すぐに、避難所の手書き名簿、警察などの公的機関やマスメディアの持つ情報をまとめた安否確認サービス「パーソンファインダー」や、カーナビのプローブ情報(走行情報)をもとに「自動車・通行実績情報マップ」をGoogleが提供できたのは、データをオープンにしてもらえた(あるいはオープンなものとして扱った)からである(※8)

筆者は、ITが社会的課題の解決に大いに貢献できると考えている。そのため「忘れられる権利」は欲しいものの、過剰に解釈することによってイノベーションの芽が摘まれてしまうことを心配している。また、このままだと「欧州と米国の両方のルールに板挟みになる日本」になってしまうのでないかという心配もあるが、残念ながら名案は思い浮かばない。


(※1)国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主催「オープンデータが拓く未来~動き出した日本の公共データ活用~」(2012年5月31日)
(※2)高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 第21回 電子行政に関するタスクフォース 資料1-2: オープンデータに関する欧州最新動向(NTTデータ提出資料)(平成24年3月29日)
(※3)工事状況やバリアフリーなども考慮に入れた目的地へ誘導するナビゲーションシステムの高度化、大気汚染情報などを活用した高付加価値な住宅情報サービスなど
(※4)MSN産経ニュース「グーグル検索予測、表示差し止め命じる 犯罪連想でプライバシー侵害 東京地裁」(2012年3月25日) 
(※5)American Academy of Matrimonial Lawyers(AAML) “Facebook is Primary Source for Compromising Information”(February10,2010)
(※6)European Commission “Commission proposes a comprehensive reform of the data protection rules”(25 January 2012)
(※7)ギズモード・ジャパン 「『忘れられる権利』でインターネットはどう変わる?」(2012年2月28日)
SLR Online Jeffrey Rosen Professor of Law, The George Washington University; Legal Affairs Editor, The New Republic. “The Right to Be Forgotten”(February13,2012) 
(※8)Google「東日本大震災と情報、インターネット、Google」 

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。