曖昧になった郵政の「完全民営化」へのコミットメント

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2012年06月25日

  • 島津 洋隆
我が国における郵政の「完全民営化」へのコミットメント(果たすべき約束、義務)は曖昧になった。その原因は、改正郵政民営化法(以下、改正法)の成立(2012年4月27日)である。

この法律改正により、グループ会社の持株会社である日本郵政株式会社が保有するゆうちょ銀行とかんぽ生命保険(以下、金融2社)の全株式の売却期限が撤廃されてしまい、単に「できるだけ早期に売却」と規定した。その結果、金融2社の「完全民営化」(全株式の売却)は遠のき、「暗黙の政府保証」が長期間残存する懸念が高まった。

改正前は、金融2社の株式売却については、「日本郵政株式会社は、移行期間中(平成19年10月1日から平成29年9月30日までの期間)に、郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式の全部を段階的に処分しなければならない」と規定されており、金融2社の「完全民営化」へのコミットメントが明確にあった。

—— 改正法の詳細については拙稿(「『郵政民営化法改正案』の課題」(島津洋隆 大和総研 2012年4月2日))を参照されたい。

「完全民営化」へのコミットメントが曖昧になったことに伴い、民間金融機関から金融2社の業務拡大への懸念を示す声が上がった(法律が成立した4月27日、全国銀行協会、全国地方銀行協会、第二地方銀行協会、全国信用金庫協会、全国信用組合中央協会は、一斉に、預入限度額の引き上げや新規業務の「届出制」への移行について、懸念を示す声明を公表している。また、生命保険協会も同日に、保険の加入限度額の引き上げや新規業務の「届出制」への移行に懸念を示したことに加え、日本郵政へのユニバーサルサービスの義務付けとそれに伴う「必要な措置」について「公正な競争条件」を阻害するものとして、認められないと強い懸念を示している)。


コミットメントを設定することは、どのような分野においても行われている。とりわけ、金融政策において巧みにコミットメントを設定している米国の金融政策当局であるFOMCが良い例である。

その代表的な例として、2003年8月12日のFOMCのステートメントが挙げられる。このステートメントで、“the Committee believes that policy accommodation can be maintained for a considerable period”(「金融緩和スタンスを当面の間、持続する」、下線部筆者)と述べている。FF(フェデラル・ファンド)レートの誘導目標の1%を、「当面の間」維持すると明示した上で、デフレ懸念を払拭するまで超低金利政策を継続するという、明確な金融政策へのコミットメントであった。


郵政における「完全民営化」へのコミットメントは、法律改正により曖昧になってしまった。しかしながら、金融2社に「暗黙の政府保証」が残存することに伴い、民間金融機関のとの対等な競争条件が阻害されるという懸念が依然強いため、金融2社の「完全民営化」についても何らかの明確なコミットメントを設けることが求められよう。再び法律改正することは難しいが、「完全民営化」へのコミットメントを打ち出す方法はまだ残っている。具体的には、郵政民営化委員会が、日本郵政株式会社ないしはその傘下の金融2社に対して、「完全民営化」のスケジュールや段取りの設定を促し、それらの会社が自主的に設定・公表することが一案かと考える。

【参考文献】
「押さえておきたい改正郵政民営化法の基礎知識Q&A」(島津洋隆 近代セールス 2012年7月1日号)
『郵政民営化法改正案』の課題」(島津洋隆 大和総研 2012年4月2日)

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