EUの新「空売り規制」雑感

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2012年06月13日

2012年3月にEUが空売りとCDSに関するレギュレーションを公表した。EU加盟国が、レギュレーション違反に対する罰則等を2012年7月までに制定した上で、2012年11月からレギュレーションが適用される予定である。本稿では、このEUの新レギュレーションのうち、空売りに関する部分について雑感を記したい。

EUの新レギュレーションのうち、空売りに関する規制のポイントをまとめると、(1)“naked short selling”の禁止、(2)空売りポジション報告・公表、(3)非常時における当局による空売り禁止等となるだろう。

“naked short selling”の禁止については、米国でも既に導入されているほか、わが国でも金融危機後、暫定措置として採用されている。従って、細目の違いはあるものの、特段、目新しいものとはいえないだろう。

空売りポジション報告・公表については、EUは、ユニークな手法を採用している。すなわち、空売りポジションが0.2%以上になると当局への報告義務は発生するが、この段階では公表はなされない。公表は、0.5%以上までポジションが拡大してからとされているのである。空売りポジション報告の趣旨・目的としては、大きく「マクロ・プルーデンスの監督」と「相場操縦行為に対する一般予防」が考えられる。前者に重点を置くとすれば、金融当局が金融システムの脆弱性を把握することに主眼がある。そのため、比較的小規模なものも含めて、幅広く当局が実態を捕捉することに意義があるといえる。この場合、当局が捕捉するためには「報告」があれば足り、「公表」までは必ずしも要しないとも考えられる。それに対して後者に重点を置くとすれば、市場参加者間の相互監視による「抑止力」が主眼となる。この場合、単なる「報告」では足りず、比較的大規模なものを「公表」させることで他の市場参加者の目にさらすことにこそ意義があるといえるだろう。

EUの新レギュレーションの特徴は、これらの二つの目的を二律背反的なものだととらえるのではなく、報告基準と公表基準を分けて設定することで、両方の目的を実現しようとする点にあるものと考えられる。

さて、非常時における当局による空売り禁止等について、EUの新レギュレーションの内容を整理すると次のようになる。まず、金融の安定又は市場の信頼に対する深刻な脅威が認められる場合には、当局は空売りの禁止を含む制約を課すことができる。加えて、1日に間に著しく価格が下落した場合にも、当局の判断で空売りの禁止を含む措置を講じることができるというものである。

なお、わが国における空売りに対する規制は、価格の下落局面でだけ発動する有事発動型ではなく、常時発動型である。ただし、規制の内容は、価格規制(直近価格とそのもう一つ前の価格を比較して、直近価格の方が高ければ直近価格未満での、直近価格の方が低ければ直近価格以下での空売りを禁止するというもの)が中核であって、空売りの禁止などは予定されていない。

両者を比較すると、わが国の価格規制は、いわば火災の予防あるいは初期消火を重視した制度設計だと考えられる(筆者個人は、実は、こうしたアプローチにシンパシーを感じている)。それに対して、有事の際には当局の判断で空売りの全面禁止を含む対応をとることができるというEUの規制方針は、いわば大火事が発生したときにその延焼を防ぐというものであるように思われる。

もちろん、価格の下落局面において、円滑な流通を阻害し、公正な価格形成を害する危険性がある空売りをどのように規制するかについては、様々な考え方がある。その中で、EUの新レギュレーションのような考え方も、確かに筋の通った一つの理念型ではある。しかし、実際の運用を念頭においた場合、恣意的な判断により、対応が極端から極端に振れやすい(自由か、禁止か)というリスクを内在しているように思われる。加えて、有事において空売りを禁止すべきか否かを判断すべき当局にとって、情報管理の観点から市場関係者との接触が難しくなることや、政治からの圧力にさらされることも懸念される。

その点で、今後、EUが新レギュレーションをどのように運用していくのか、筆者は大きな関心を持っている。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳