電力値上げが問う大企業の行動原理

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2012年04月12日

  • 調査本部 常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰
東京電力が4月から大口需要家に対する電気料金を値上げした。実際には契約更新期のずれから、必ずしも全需要家が即座にというわけではないようだが、いずれは値上げに応じざるを得ない。原発停止が長期化する中で燃料費上昇は避けがたく、需要家の負担が増えることは必然である。しかし、一口に需要家といっても、受けるインパクトは様々である。いわゆる大企業であれば、一定のコスト増を受け入れる余地はあるだろうが、中小企業で、特に鋳造業など電力多消費企業などでは、利益マージンに対する影響が甚大になると想像される。

本来、電力コストの上昇を売価に転嫁できれば問題ないが、下請け企業の場合、現状の価格転嫁力は極めて小さいと考えられる。これまで、大企業は円高に対応すべく、自らの製品コストの引き下げをなりふり構わず行ってきたと考えられる。もちろん、マクロ経済上の環境変化、すなわち円高やデフレの影響を、企業努力で補おうとするのは当然の行動である。そして、それを可能にしたのは日本製造業の秀でた能力に他ならない。しかし、その努力が下請け企業の疲弊を招いてきた可能性も否めないだろう。

大企業はこれからも、そうした行動原理、すなわち、外部環境に合わせた「我慢の経営スタイル」でよいのだろうか。マクロ的に観察すると、デフレから逃れられない理由の一つとして、円高に対応すべく賃金を低下させてきた努力が物価上昇を抑制し、それが再び円高を呼び込むという悪循環が指摘される。空洞化を避けるために頑張ってきた努力が逆効果であった、とすら言えるだろう。もっと早くから戦略的に生産拠点の海外移転などを進めて、国内に高付加価値の分野を残すという動きが広がっていれば、その悪循環は回避できたかもしれない。

いずれにせよ、今後、大企業はさらなるグローバル化や海外移転を志向するだろう。その過程において、大企業を頂点とした、いわゆる“ケイレツ”のピラミッド構造は変質せざるをえない。当然、下請け企業の再編淘汰も免れないが、逆に自立を促すことにもなる。大企業がこれまで抜け出せなかった「自前主義」の発想を捨て去る良いチャンスにもなるかもしれない。もちろん、「自前主義」にも良い面はあるだろうが、マクロ的に見ると、それが日本の経済活性化を妨げている一因とすら感じる。

仮に、大企業が「自前主義」の発想を捨てたらどうなるか。まずは、社内で抱えている非効率な部門を切り出して、アウトソースに切り替えることから始まる。そうすると、企業向けサービス分野を中心に、ベンチャーの起業が増え、そこで技術革新も期待できる。結果として、もとの企業の一段のコスト低減も実現するかもしれない。今までの下請け企業は、技術力が伴えば新たな取引先の開拓が容易になり、新規投資による業容拡大も可能である。同時に、今回のようなコスト上昇を転嫁する価格交渉力も高まる可能性があるだろう。いずれも、日本全体の生産性向上につながり、日本の潜在成長性を高めることが期待できるのではないだろうか。

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保志 泰
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