水準だけで円高というのは正しくない

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2012年01月16日

円高による経済への影響を、為替レートの「水準」で議論することは少なくない。例えば、「一昔前は100円/ドル台で円高と言われていたが、今や70円/ドル台で推移している。これは大変だ」と言われることがある。しかし為替レートの水準だけで経済への影響を考えるのは必ずしも正しくない。なぜなら、2国間の為替レートが互いのファンダメンタルズ(基礎的な経済要因)を反映した水準(=均衡為替レート)にあるとき、為替レートの影響はどちらの国にとっても中立だからだ。仮にその水準が現在の円ドルレートと一致していれば、現在の水準は円高でも円安でもないとみなせる。

均衡為替レートを知るための1つの考え方に、購買力平価(PPP)がある。PPPとは、一物一価が成立して、長期的には貿易財の購買力が等しくなるように為替レートが決まるという考えだ。PPPの計算には理想的な貿易財価格指数が存在しないといった難点があるものの、算出自体は容易で実証的にも支持されている。実際に、貿易財価格の代理変数として日本の国内企業物価指数と米国の生産者物価指数を用いてPPPを算出したのが下図である。PPPは滑らかに動くのに対し、市場為替レートは大幅かつ急激に変動し、PPPからしばしばかい離する。このかい離した部分が、物価という基礎的な要因で説明できない、経済へ影響を与える円高や円安である。

貿易財価格で測ったPPPを均衡為替レートとみなせば、そこから市場為替レートがかい離した円高や円安は、資源配分や市場の賃金率・利子率を歪めて実体経済に悪影響をもたらす。企業はできるだけ多くの付加価値を生み出すために、ファンダメンタルズに照らしてヒトやモノの最適な投入量を考えながら生産活動を営んでいる。そこに突然急激な為替変動が起こると、企業はその環境に合わせてヒトやモノを再配置しなければならない。適切に対応するためには一定の時間が必要なため、十分に対応できない間はコストの増加など非効率が発生し、長期的な経済成長を阻害して企業収益や家計所得の減少などGDPの減少を招く。

また、特に日本では、PPPからかい離するような円高局面においては企業のコスト削減努力を促す傾向が強い。それは日本の物価にデフレ圧力をもたらし、今度はデフレがPPPを円高方向へシフトさせるという循環になる。下図では直近の市場為替レートがほぼPPPに近いことを示しているが、市場為替レートが円高となってもPPPが円高となることで、結果的にかい離が解消しているように見えている点が重要なポイントである。

以上をまとめれば、第一に、為替レートは「水準」が問題なのではなく、ファンダメンタルズの変化を大幅に上回る変動こそが問題である。過度な為替変動を減らすために、例えば、主要な通貨を発行している国々が統一した方法で貿易財価格指数を作成し、PPPから一定程度かい離した場合には為替介入することを義務付ける、といった国際的なルール作りをする努力が必要ではないだろうか。グローバル化の進展で各国相互の結びつきが強まっている現在、為替レートの歪みが短期的にある国の景気を過熱させ、別の国の景気を悪化させることは、世界経済を不安定にさせる。グローバルな資源配分を阻害する要因を減らせば、世界経済の一層の発展に資することになると考えられる。

第二に、日本は円高とデフレの循環を何とか断ち切らなければならない。それは簡単ではないが、円高対策として販売価格を下げずにすむ付加価値の高いモノ作りや販売方法を追求すると同時に、内需か外需かを問わず官民をあげた徹底的な成長戦略で生産性と競争力を高める努力をしていくしかない。

ドル円レートと購買力平価の推移
(注)購買力平価は、1970年1-3月期~2011年7-9月期で推計した下記の結果
   ln(ドル円レート)=5.086+1.163*ln(日本・国内企業物価/米国・生産者物価)
  から計算した。
(出所)日本銀行、米国BLS統計より大和総研作成

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司