企業ガバナンスの次の課題
2011年11月29日
信心深くは見えない人が、仏(ほとけ)だとか魂(たましい)だとかと口にする例を見ることが多くなった。日本の企業ガバナンスについて、形だけ整えても「仏作って魂入れず」になってしまっていると嘆いているのである。複数の社外取締役を選任したりコンプライアンスの強化を表明したりするなどして経営監視の形式を整えても、実質的に機能している様に見えない状況をどのように改善していくかは、確かに今後の企業経営の大きな課題である。
しかし、日本の企業ガバナンスに関しては、そもそも仏像(法制度)自体の出来が芳しくないとの指摘がある。企業ガバナンスの良し悪しは、企業の価値に変動をきたす可能性があるので、これを格付けして投資情報として販売する業者が複数ある。GovernanceMetrics International (GMI)やInstitutional Shareholder Services(ISS)、Standard&Poor's(S&P)などだ。最近では、FTSE4Good ESG Ratingsが環境や社会問題と並びガバナンスを考慮に入れた採点に基づきランキングを作成しはじめた。これらを見ると日本の企業ガバナンス格付けは、かなり低い。GMIが公表しているCountry Rankingsで日本は39カ国中36位(2010年9月)であるし、FTSE4Good ESG Ratingsでも世界平均以下25カ国中20位(2011年3月)だ。
法制審議会では、監査・監督委員会設置会社制度を含む会社法改正案の検討を進めている。簡単に言えば、現状の監査役会を取締役で構成される監査・監督委員会に変えるということだ。日本特有の監査役は廃止して、外国人にもなじみがある監査委員会にするのであれば、投資家向けの説明の便宜にもなるといったメリットがある。従来型の監査役設置会社に社外取締役選任を義務付けるという方法も考えられる。日本の企業ガバナンスが低評価に甘んじている一因は、社外取締役の選任が任意的であるというところにあるので、どのような形にせよそれを義務的なものとすれば評価点は上げられるだろう。
こうした会社制度の改正によって、優れているように見える外形を作ることはある程度可能だ。しかし、魂を入れるにはどうするか、つまり企業ガバナンスが実質的に機能するかという問題は依然残る。欧米でも、社外取締役の選任義務化は既に実施されているが、これが実際に機能しているか疑問であるのは、エンロン事件やサブプライム関連の経営破たんでも明らかになった通りだ。現在の欧米で進められている制度改正の方向は、企業ガバナンスを実のあるものとするため株主による経営監視機能を高めるところにある。ここ数年で大きな進展を見たのは、経営者報酬の透明化とその決定プロセスへの株主の参加だ。欧州では、イギリスを嚆矢として経営者報酬の決定に株主総会を関与させる「SAY ON PAY」が広がり、2011年にはアメリカでも同様の仕組みが開始された。日本は、役員報酬の総枠を株主総会が決定するという点で欧米よりもはるかに先んじているが、報酬に関する情報の透明性は著しく劣っており、個別開示は限定的であるし、報酬の基本方針でさえ多くの場合不明としか言いようがない。
企業を動かすのは人間であり、人間を動かすのは報酬である。企業ガバナンス改革に魂を入れるとすれば、報酬が適正に決定されるようにするという視点を欠いてはならない。報酬の詳細を開示し、それを多くの株主が精査する欧米の「SAY ON PAY」は、企業ガバナンスへの入魂の儀式だ。魂が本当に入ったかどうかは判断のしようないが、儀式を行っているかどうかは、今後国際的な企業ガバナンス比較の評価項目になるのではないだろうか。日本の報酬は比較的低いが、重要なのは経営者が真摯に経営に取り組む動機付けとなっているかどうかだ。報酬に関する情報開示と株主の関与を定める欧米流の「SAY ON PAY」は、広く普及しつつあり、同様の制度を整えていないことが、日本の企業ガバナンスの次の課題として指摘されかねない。
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