経済損失のない節電を

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2011年10月17日

東日本大震災によって生じた電力供給不足問題は、原発再稼働の難しさを考えると、今後も尾を引くことになりそうだ。現状が変わらないとすれば、毎年夏と冬に電力不足が生じる恐れがある。とはいえ、今夏の電力不足はひとまず乗り切ることができた。政府が企業(契約電力500kW以上の大口需要家)に電力使用制限令を発動し、家計にも節電を呼びかけたことから、企業も家計も節電に努めたことが奏功したためだ。そのほか、生産活動水準が依然として高くなかったことも挙げられる。

しかし経済学的な観点からみれば、今夏の節電方法は必ずしも望ましいものとは言えなかった。強制的に企業の電力使用量を減らすことは、企業の適切な資源配分を歪めるからだ。通常、企業は利益をできるだけ多く生み出すために、ヒトやモノの最適な投入量を考えながら生産活動を営んでいる。そこに突然電力の使用を制限され、企業はごく短期間で新たなヒトやモノの最適配分を考えなければならなかった。たしかに節電によって収益が増加した面があるものの、通常は適切に対応するためにそれなりの時間が必要であるため、短期間で十分に対応できずにコストが増加し、企業収益の減少、さらには家計所得の減少を招いた可能性が高い。

雇用者への負荷も大きかったはずだ。職場の明かりが幾分減る程度の負担なら問題ないだろうが、小さな子どものいる雇用者が急遽休日出勤へ変更されたのであれば、家族の対応に追われることの負担は非常に大きかったとみられる。さらに、本来楽しむはずだったレジャーや外食などの経済活動がそれによってできなくなったとすれば、企業の収益を低下させたことになる。経済全体でみると、本来達成していたはずのGDPの水準を達成できなかった可能性があり、機会損失という形で人々の厚生水準を低下させたと考えられる。

したがって、今夏の節電方法で対処可能だったからといって今後も同様の方法で対処し続けるべきではない。できる限り早い時期に、電力使用量を「強制的」に減らす体制から価格メカニズムを使って「自発的」に減らす体制へ移行する必要がある。その足枷になっているのが、家計の需要をリアルタイムで把握できない現状の電力メーターである。電力会社は、家計の電力需要をリアルタイムで把握したりコントロールしたりすることができないために、今夏は企業に大幅な節電義務を要請した経緯があった。

こうした状況を解消するためにもスマートメーターの普及が必要となるが、全世帯のメーターを替えるには相当な時間を要する。そのため、例えば電力不足地域からスマートメーターを優先的に設置し、時間帯に応じたメリハリある電力料金体系を敷いて周知させることによって、需要者の能動的な節電行動を促すことが一案として考えられる。それでも、夏と冬のピーク時に政府が電力使用制限令を発動する可能性も否定できないが、今夏のように大口需要家に限られた厳しい使用制限とはならず、家計も含めた広く緩い使用制限になるとみられる。

電力不足が発生して以来、人々の電力に対する価値観は急激に変化した。これまでは、どれだけ多くの人が使う時間帯であっても、他人のことは考えずに使っていたが、今では電力不足が解消した秋になっても希少性を考えながら節電している。そうした考えの広まりを前提とすれば、多くの人が使う時間帯ほど電力料金が高い制度へ変更しても受け入れられやすい。メリハリある料金体系は、企業や家計に電力使用を一層工夫させるインセンティブを与え、不要な電力使用の減少や生産時間帯のシフト、自家発電や太陽光発電の利用などを促進させるだろう。

価格メカニズムをうまく使い、経済活動に負担のない形で企業や家計が節電に努めることが、海外経済の低迷と円高の中で成長を求められている日本経済にとって重要な課題ではないだろうか。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司