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「ニューヨーク証券取引所の出来高で市況を語る」ことへの疑問と対策

2010年09月08日

中島 尚紀

日本のテレビや新聞の経済記事では、よく「今日のニューヨーク証券取引所の出来高は○○億株」という表現が使われる。米国市場が活況かどうかを示したいとの意図と思われるが、米国の電子トレーディングを調査する立場からすれば、これほど疑問に思う表現はない。なぜならば、一取引所の出来高から市場全体の状況把握はもはやできなくなっているからである。

米国では、取引電子化の過程で取引所や場外取引システムの競争が激化した結果、上場した市場での執行シェアは急速に低下してきている。ニューヨーク証券取引所の出来高シェアは米国株式市場全体では12~14%、ニューヨーク証券取引所上場銘柄に限っても30%を大きく割り込んでいる。背景には、米国では上場市場以外の取引所でも執行が可能であること、また規制上最良気配を提示しない取引所では執行できないことがあげられる。さらに、ダークプールや店内クロスなど場外取引が盛んであり、出来高ベースで30%程度の執行がなされている点も考慮するべきだろう。証券会社や投資家も積極的に良い気配を提供する取引所、場外取引システムを選択する影響も大きい。ニューヨーク証券取引所上場銘柄の出来高や市場全体での出来高など状況把握の参考になる指標はあるものの、これらを利用する場合でも取引環境の大きな変化は意識する必要はある。

図:NYSE上場銘柄のNYSE Euronext社傘下取引システム全体(ニューヨーク証券取引所、NYSE Arcaなど)での出来高シェア推移
注:NYSE Euronextの出来高にはNYSE(ニューヨーク証券取引所)以外にNYSE Arcaなどの傘下の全取引所やクロッシングシステムでの出来高を含むため、NYSE単体での出来高は別表のように35~40%よりも小さい(出所:NYSE Euronext提供データを元に大和総研作成)

表:執行場所別の出来高シェア(2010年1月~7月の合計)
(出所:BATS取引所提供データを基に大和総研作成)

もっとも、米国の新聞や一般向けのビジネス誌でもこういった「基礎的な米国市場の状況」すら正しく理解されていない記事を多数みかける。電子取引をはじめとするトレーディング環境のイノベーションはここ10年で進んでおり、この5年は特に顕著である。反面、トレーディングそのものがシンプルな活動と一般に思われているからか、激変した環境が認識されているとはいい難いことがしばしばある。さらに、多数の市場関係者が競争の中で高度なITを徹底活用している。市場の効率が高くなり利用は簡単になる一方、市場環境は複雑に変化し正しく理解するのは非常に難しくなってしまった。これらの要因により、誤解に基づく証券市場の批判をしばしば見受ける印象を持っている。

そして、電子取引そのものやその関係者がこの批判の対象となることも少なくない。最近の取引環境の進化では、大手証券会社を中心に電子取引に強い市場参加者の優位性が高まった。古くからの証券市場と異なり、IT投資やシステム構築力などが優位性の源泉になったためである。そこで、今までの経験が活用できない点などの「誤解を含む批判」がなされ、市場参加者は不公平感を募らせているという、実にナンセンスな状況になっている。

一方で、オンライントレーディングが個人向け証券取引の手数料を大幅に下げたように、取引の進化は全ての市場参加者に取引コストの大幅な低下をもたらしている。さらに、機関投資家向け取引サービスは質量とも大きく改善している。取引所を含む市場参加者間の競争は激化し、積極的なIT活用によりもたらされたメリットは非常に大きい。また、新たに高度な技術を備えた証券会社や投資家の新規参入も活発になっている。非常にオープンな形で改革が進む、理想的な環境になってきているのである。

トレーディングの環境の革新は日本でもここ1~2年、急速に進みつつある。その変化は述べたように必ずしも理解しやすいものではなく、また既存の証券ビジネスでの常識と異なる点も多い。だからこそ、証券業界全体が積極的に情報発信し、トレーディング環境の現状と今後の展開を正しく知ってもらう必要があるのではなかろうか。上述のように、マスコミを含めた幅広い層から理解がなされなければ、市場参加者の不公平感に繋がる。加え、トレーディングの状況で常時世相が語られることは、証券業界が注目を集めるいい機会になっていることを認識すべきだろう。正しく認識してもらうことは、証券業界への注目を継続させると同時に、社会的責務とも言えるのではなかろうか。

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