「ロンドン報告 2010年初秋」 アビーロード

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2010年08月12日

  • 児玉 卓
立秋を迎えたことなど冗談としか思えない日本の酷暑、それを凌ぐ暑さと山火事などの合併症に苦しむロシアのことなどを気にかけながらも、ここロンドンは酷暑とは無縁である。一般家庭に冷房設備を備えていることは稀であり、7月上旬には扇風機くらい買っておくかなどと考えもしたものの、今では早まらずに良かったと思っている。シティの路地では、仕事の合間にタバコを燻らせるビジネスパーソンを多く見かけるが、彼らが好んで立つのは8月の今でさえ、日陰ではなく日向である。

こうして夏が過ごしやすく、冬が暗く厳しい寒さに見舞われるから、生活実感としてみれば、英国に四季はない。あるのはひたすらピークとボトムである。8月は既に下り坂である。「今」だけを見れば確かに楽なのだが、いいことばかりではない。

ちなみに、英国に路上喫煙者が多いのは2007年に導入された「屋内の公共空間および職場における全面禁煙法」の結果である。喫煙者は寒い冬にも屋外に追いやられ、やはり日向を探す。しかし季節がボトムに向かえば向かうほど、ビルに囲まれたシティで日向を見つけるのは難事になるのである。

話は変わるが、週末には車に乗る。車がなければ生活できないとも言い切れないのだが、車なしの生活空間は著しく狭められ、それを打ち破ろうとすれば、大幅なカネか時間のコストを強いられる。公共交通機関もそれなりに発達しているのだが、間延びした郊外をカバーするには貧弱である。赴任して間もない頃、バスを乗り継ぎ、子供をサッカーの練習に連れて行ったことがある。所要90分、余りの馬鹿馬鹿しさにタクシーを使うと25ポンド、3500円程度かかる。いずれも片道である。どう考えてもサステイナブルではない。このようにして、否応なしに車社会が出来上がるのだが、考えてみれば、この辺りは、固定電話のインフラ未整備が、一足飛びに携帯電話の普及を後押しした中国やインドの事情に通じるものがある。と同時に再認識させられるのが、東京圏の交通インフラの充実度の凄まじさである。いや、東京のほうが特殊と見るべきなのか。

車生活の大敵は観光名所であり、これはロンドンも東京も変わらない。近隣の観光名所、それがビートルズのアルバム名にもなったアビーロードである。アルバムのジャケットが撮影された横断歩道は常時人だかりしており、彼らが順々に、しかもゆっくりポーズをとりながら行進しているので、車がしばしば立ち往生する。

多くのドライバーは(たぶん)事情が分かっているから、多少呆れながらも辛抱強く歩行者の流れが止まるのを待つのだろうが、少なからぬ頻度で接触事故なども起こっているらしい。そのためか、遠からず行政府が横断歩道を塗りつぶすという説もある。実際、いくら観光名所といっても、横断歩道の記念写真を目的にイギリスに来る観光客は稀だろうから、コストとベネフィットとの兼ね合いに敏感な当地のこと、横断歩道はなくしてしまえという行政判断はあって不思議ではない。しかし、となれば、車を乗るときには横断歩道は避けるが上策と考えているこの身としても、多少の寂しさを覚えることになるのだろう。8月9日にはビートルズのジャケット撮影から41周年を迎えた。写真、撮っておこうかな、なんてことを考えだす初秋である。

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