財政赤字は「連結決算」で理解せよ
2010年06月07日
平成22年度予算では、一般会計の公債依存度が48%、年度末の国及び地方の長期債務残高がGDPの1.8倍の862兆円と、財政悪化が一段と深刻化している。そのため、早急に増税や政府支出削減に踏み切るべき、という主張が勢いを増している。
しかし、これらの主張の多くが、政府を個々の家計や企業と同一視する根本的誤りを犯している(個々の家計や企業では、負債返済は外部への資金流出だが、日本政府の負債は日本の家計の資産であるため、負債返済は資金の国外流出にはならない)。誤診に基づく治療は、財政を再建するどころか、日本経済に致命傷を与えかねない。以下では、財政悪化の因果関係と適切な治療策を示す。
高インフレになるまで政府負債は増やせる
代表的な誤解に「国債は最終的には家計が保有している→国債残高が家計金融資産を上回ると買い手がいなくなり暴落する」がある。しかし、国債購入に必要なマネーはもともと中央銀行と民間銀行が「創造」しているものなので、副作用を無視すれば、日銀は国債を無限に購入できる(※1)。副作用とは日銀が国債購入と引き換えに供給するマネーが過剰になり、インフレの暴走・貨幣価値の失墜を招くことだが、デフレの現状では杞憂である。
代表的な誤解に「国債は最終的には家計が保有している→国債残高が家計金融資産を上回ると買い手がいなくなり暴落する」がある。しかし、国債購入に必要なマネーはもともと中央銀行と民間銀行が「創造」しているものなので、副作用を無視すれば、日銀は国債を無限に購入できる(※1)。副作用とは日銀が国債購入と引き換えに供給するマネーが過剰になり、インフレの暴走・貨幣価値の失墜を招くことだが、デフレの現状では杞憂である。
単体赤字だが連結黒字
AとBの二社からなる企業グループを考える。Aはグループの管理を担当し、その経費は収益活動を担当するBからの資金移転で賄われる。グループの連結収支が黒字で変わらなければ、Aの単体赤字拡大はBの単体黒字拡大と表裏一体であり、グループ全体では何ら問題ではない。Aを政府、Bを民間、グループ全体を日本経済とすると、グループ全体の連結収支(経常収支)は毎年10~20兆円前後の黒字を続けているので、財政赤字拡大は民間の黒字(資金余剰)拡大の裏返しに過ぎないことがわかる。最近では日本とギリシャを同一視する論調が多いが、ギリシャが危機に陥ったのは経常収支赤字を埋めてきた外国からの借金を続けられなくなったからで、200兆円以上の対外純資産を有する日本とはまったく事情が異なる(※2)。
AとBの二社からなる企業グループを考える。Aはグループの管理を担当し、その経費は収益活動を担当するBからの資金移転で賄われる。グループの連結収支が黒字で変わらなければ、Aの単体赤字拡大はBの単体黒字拡大と表裏一体であり、グループ全体では何ら問題ではない。Aを政府、Bを民間、グループ全体を日本経済とすると、グループ全体の連結収支(経常収支)は毎年10~20兆円前後の黒字を続けているので、財政赤字拡大は民間の黒字(資金余剰)拡大の裏返しに過ぎないことがわかる。最近では日本とギリシャを同一視する論調が多いが、ギリシャが危機に陥ったのは経常収支赤字を埋めてきた外国からの借金を続けられなくなったからで、200兆円以上の対外純資産を有する日本とはまったく事情が異なる(※2)。
企業の負債激減こそ問題
財政赤字の原因は、1990年代後半から政府と民間の資金バランスが崩れ、民間(企業)に資金が集中したことにある。このことは、ネット(純)負債を政府単体ではなく政府と企業の「連結」で見るとはっきりする[グラフ下参照]。企業の純負債が激減しているために連結純負債の拡大が止まり、これがマネー不足を招いて経済成長を妨げているのである。90年代後半から、低金利政策と賃金削減によって家計から企業に大規模な資金移転が生じ(さらに法人税減税も)、企業はそれを負債削減につぎ込んだ(→マネーの減少)。家計が悪化したため、政府は家計支援のために所得税減税を続けた。「企業部門への資金集中→家計の資金余剰縮小→財政赤字拡大」という玉突き現象が生じたのである。企業がひたすら財務改善に励むことが政府負債激増の原因なのだから、企業行動を負債拡大(資金調達)に反転させない限り、財政赤字は解消できないことがわかるだろう。企業部門に手をつけずに消費税増税や政府支出削減で政府負債を減らすと、連結純負債も減少してしまう。この金融収縮が名目GDPの減少、すなわち深刻なデフレ不況を引き起こすことは明らかである。
財政赤字の原因は、1990年代後半から政府と民間の資金バランスが崩れ、民間(企業)に資金が集中したことにある。このことは、ネット(純)負債を政府単体ではなく政府と企業の「連結」で見るとはっきりする[グラフ下参照]。企業の純負債が激減しているために連結純負債の拡大が止まり、これがマネー不足を招いて経済成長を妨げているのである。90年代後半から、低金利政策と賃金削減によって家計から企業に大規模な資金移転が生じ(さらに法人税減税も)、企業はそれを負債削減につぎ込んだ(→マネーの減少)。家計が悪化したため、政府は家計支援のために所得税減税を続けた。「企業部門への資金集中→家計の資金余剰縮小→財政赤字拡大」という玉突き現象が生じたのである。企業がひたすら財務改善に励むことが政府負債激増の原因なのだから、企業行動を負債拡大(資金調達)に反転させない限り、財政赤字は解消できないことがわかるだろう。企業部門に手をつけずに消費税増税や政府支出削減で政府負債を減らすと、連結純負債も減少してしまう。この金融収縮が名目GDPの減少、すなわち深刻なデフレ不況を引き起こすことは明らかである。
政府は何をするべきか
「資金調達して投資」が本分の民間企業が負債削減という「守り」に終始しているのは、個々の企業努力ではいかんともし難いほど経済環境と競争条件が厳しく、「攻め」に出るどころではないためである。従って、企業が攻めに出られるように環境を改善することが政府のなすべきことになる(※3)。割高な為替レートの是正とデフレ脱却は緊急に必要であり、人的資本育成支援や巨費を要する基礎研究など政府にしかできない支出を増やすことも長期的な成長の礎として欠かせない。企業が資金抱え込みから資金調達や賃上げに転じれば、財政と家計は自ずと改善に向かう。
「資金調達して投資」が本分の民間企業が負債削減という「守り」に終始しているのは、個々の企業努力ではいかんともし難いほど経済環境と競争条件が厳しく、「攻め」に出るどころではないためである。従って、企業が攻めに出られるように環境を改善することが政府のなすべきことになる(※3)。割高な為替レートの是正とデフレ脱却は緊急に必要であり、人的資本育成支援や巨費を要する基礎研究など政府にしかできない支出を増やすことも長期的な成長の礎として欠かせない。企業が資金抱え込みから資金調達や賃上げに転じれば、財政と家計は自ずと改善に向かう。
日本経済が停滞する一方で外国の成長が続けば、日本の地盤沈下と生活水準の低下は避けられない。日本が心配するべきは財政赤字ではなく世界経済の成長に取り残されないことであり、それが消費税増税や政府支出削減で達成できないことは間違いない。
(※1)Dean Baker, “Politicians ignore Keynes at their peril”, “Japan’s Central Bank Holds Much of Japan’s Debt”
(※2)2009年の経常収支は対GDP比で日本が3%の黒字、ギリシャは11%の赤字。両国の共通点は、割高な為替レートが輸出競争力を損なっていることである。
(※3)日本人は状況が悪化すると「企業努力が足りない→もっと頑張る」とミクロ的・対内的解決を志向するが、外国人は「不当な競争条件に置かれている→政府に競争条件を修正させる」とマクロ的・対外的解決を志向する。この違いは特に為替レートにおいて顕著である。
(※2)2009年の経常収支は対GDP比で日本が3%の黒字、ギリシャは11%の赤字。両国の共通点は、割高な為替レートが輸出競争力を損なっていることである。
(※3)日本人は状況が悪化すると「企業努力が足りない→もっと頑張る」とミクロ的・対内的解決を志向するが、外国人は「不当な競争条件に置かれている→政府に競争条件を修正させる」とマクロ的・対外的解決を志向する。この違いは特に為替レートにおいて顕著である。
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[2005.10.25] 財政赤字の真実
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