ワーク・ライフ・バランスと勤続年数

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2010年06月02日

  • 栗田 学
ワーク・ライフ・バランスへの取り組みが企業価値に影響を及ぼす状況が生まれつつある。行政機関を中心にワーク・ライフ・バランスを積極的に推進する企業への優遇措置が行われ始めているほか、日本経済新聞社が発表した新しい企業評価システム「NICES」では従業員からみた働きやすさの視点が加味されるなど、ワーク・ライフ・バランスというコンセプトは着実に浸透しつつある。

従業員にとってワーク・ライフ・バランスとは、「仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態」などと定義される(※1)。中心となっている制度は2つあり、1つは従業員の心身の健康維持を目的とする労働時間の統制に関する制度、もう1つは女性の一層の活躍を支援する出産・育児をサポートする制度である。前者はノー残業デーの実施や有給休暇の取得推進、後者は育児休職や短時間勤務制度といった施策が挙げられる。更に、今後は高齢化社会の進展とともに従業員の介護負担の問題が顕在化する。特に団塊の世代に対する介護は、ある程度の地位にあるであろう団塊ジュニアが同じ時期に行うと予想されることから、企業は何らかの対応を迫られよう。例えば、テレワークを利用した在宅勤務を採り入れることなどが考えられる。ただし、生産ラインでの業務など職場でなければ行えない業務に携わる従業員への配慮が課題となる。

企業経営の面からみると、休職や時短といった制度が利用されることは一時的にせよ労働力が減少することになるから、その減少分を補って余りある生産性向上(※2)を実現しなければならない。生産性向上を達成するのは他ならぬ従業員であるから、生産性向上を達成できる人材の育成がワーク・ライフ・バランスを実現できるかどうかのポイントとなる。この人材に求められる要素の中には、豊富な実務経験、社内外への人的ネットワークといった有形化・明文化することが難しいものがあり、したがって企業にとって育成半ばの従業員に辞められることは著しい非効率となる。たとえ出産や育児、介護といったイベントがあっても復帰して長く働いてもらえることが、競争力の源泉となる。

平均勤続年数の国際比較では、日本は2008年6月末時点で11.6年、これはフランスやベルギーと並んで欧米12か国と比較してトップである(※3)。ただし、男女別に見ると男性が13.1年で他国に比べ1年以上長いのに対し、女性は8.6年と13か国中10位にとどまっている。数値は各国の雇用慣行や商慣行の影響を受けるため、軽率な議論は避けるべきであるが、特に女性の勤続年数には改善の余地があろう。さらに気になるのは、日本の値が2003年の12.2年をピークに短期化の一途を辿っていることである。ワーク・ライフ・バランスの浸透により、従業員の企業へのロイヤリティが醸成され、勤続年数の長期化を通じて競争力がアップするという連鎖を期待したい。

(※1)『「ワーク・ライフ・バランス」推進の基本的方向報告』(平成19年7月)による。

(※2)ここでは、業務効率の改善、時間当たり生産性の向上、付加価値生産性の向上など幅広い意味を含んで用いている。

(※3) 『データブック国際労働比較2010』(独立行政法人労働政策研究・研修機構、2010年3月)による。日本を除く比較対象国はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、オーストリアの12カ国であり、データは日本が2008年6月末、アメリカが2008年1月、その他は2010年1月時点。なお、日本の値は賃金構造基本統計調査による。

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