電子書籍のインパクト~「グローバルな自費出版」の実現と、出版社の課題

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2010年02月10日

  • 梶 宏行
米Amazonは、2010年1月20日、同社の電子書籍リーダー「Kindle」シリーズ向けの電子書籍サービスで、著作者に対し売上高の70%を分配するプランを6月30日より開始すると発表した。2007年に開始した自費出版向けの販売・収益分配プラットフォーム「Digital Text Platform」の新たなオプションで、従来の35%の分配比率を条件付き(価格は$2.99から$9.99で、他の流通手段の価格を超えないこと、など)で大幅に引き上げた。当面は米国内で販売される書籍限定ということだが、これは日本でも出版界を中心にかなり大きな反響を呼んでいる。

一方、Amazonの提示する分配比率は実売部数ベースで、「印税」とは条件が異なる。紙媒体の書籍の印税は「印刷部数×小売価格×数%~10%」が一般的で、売れ残っても、著作者は印刷部数に見合った印税を受け取れる。出版社への配分が大きいのは、製造コストや在庫リスクを負っているためである。

Amazonの自費出版では、売れないリスクは著作者が負う。とはいえ、印刷などの固定費を先行的に負担する必要はない。70%の分配比率は著作者にとって魅力だろう。分配比率だけでなく、(1)世界での販売が可能、(2)価格決定権を持つ、(3)意に反した絶版・品切れがない、なども著作者にとって重要である。価格設定を含め、自身のリスクでの自由な販売を望む著作者は少なくないと考えられる。

「売上の7割を作者が、3割を販売プラットフォームがシェア」する形態は、Appleのアプリ販売プラットフォーム「App Store」と同様である。App Storeでは、(1)短期間・低コストでのアプリ開発が可能、(2)製造・流通に関する限界費用が最小限、(3)代金回収リスク・在庫リスクも最小限、(4)国境を越えた販売が可能、などのメリットがある。交流サイト(SNS)大手のミクシィも、「mixiアプリ」で同様の戦略をとっている。実際、iPhoneアプリやmixiアプリにおいて、個人・小規模の新進企業によるヒット作や、国境を越えたヒット作が登場し、新たな才能が世に出る場となりつつある。

書籍においても、iPhoneアプリと同様に、個人が直接Kindleのプラットフォーム上で作品を販売する状況が広がる可能性は十分にある。いわば、「グローバルな自費出版」である。AppleやGoogleも電子書籍プラットフォームへの参入を表明しており、こうした企業が著作者を囲い込み、著作物の流通をコントロールする動きは今後強まると予想される。

電子書籍が普及する中で、出版者は自らの機能の見直しを迫られよう。「作者・作品のプロデュース」、「デザイン」、「マーケティング」や「映画等への二次利用に向けたプロデュースや資金調達」のようなプロデュース機能は、著作者個人では限界があり、今後も出版の重要な役割といえる。一方、大手出版社のパワーの源泉のひとつであった紙媒体の書籍の製造・流通・代金回収をコントロールする機能については、存在意義が低下する可能性が高い。逆に中小出版社は、著作者のパートナーとして作品のプロデュースに徹し、流通や課金はAmazon等のプラットフォームに任せる戦略を選択することも可能となる。

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