『スポンサーなしADR』で高まる開示リスク
2009年05月25日
最近、多数の日本企業について米国で「スポンサーなしADR」が発行されており、話題を呼んでいる。昨年10月以降、新たに100社以上の日本企業についてスポンサーなしADRが発行されているが、スポンサーなしADRが発行された場合、米国法上の開示規制の対象になる可能性があると言われており、関係者の間で懸念されている。
そもそもこのスポンサーなしADRとは何であろうか。まず、ADR(American Depositary Receipt 米国預託証書)とは、日本企業などが株式を米国で流通させたいと考える場合に、株式自体を流通させるのではなく、株式を裏づけとして発行して流通させる証書のことである。このADRは米国の預託銀行が発行するが、その際、日本企業も関与するものがスポンサー付ADR、日本企業が関与しないものがスポンサーなしADRである。つまり、スポンサーなしADRは、米国の預託銀行がADRの対象となっている日本企業に無断で発行した証書である。
日本企業についてスポンサーなしADRの発行が急増しているのは、昨年10月に行われた米国証券取引所法の規則の改正が原因である。米国証券取引所法は、保有者が500人以上などの条件を満たす株式等に登録義務を課している。これは、日本の金融商品取引法の発行開示規制に相当するものである。ただ、米国証券取引所法は、(米国から見た)外国企業にも適用されるため、原則として日本企業も米国法上の開示義務の対象となる。しかし、外国企業に対する開示コストを軽減するために、外国企業に米国法上の開示義務を緩和する規則が定められている。
この規則が昨年10月改正された。改正前は、ADRの対象となる企業が米国証券取引委員会に書面を提出していない限りADRを発行できなかった。それ対して改正後は、その企業がウェブサイト等でディスクロージャー文書を公表していることを確認できれば、その企業の同意がなくてもADRが発行できるようになった。これが、スポンサーなしADRが急増することとなった原因である。
スポンサーなしADRが発行された場合、日本企業は、米国法上の開示義務の対象となる可能性がある。具体的には、スポンサーなしADRの発行などによって、日本企業の株式等を保有する米国居住者が300人以上となった場合は、ウェブサイト等でディスクロージャー文書をきちんと公表していなければ、米国法上の開示義務違反となる可能性がある。その場合、米国法に基づき制裁が加えられる可能性がある。
このような事態に対して、一部の日本企業はスポンサーなしADRを発行した米国の預託銀行に対して、取り下げを要求しているようである。しかし、預託銀行にはそれに従う義務はないため、抜本的な解決策とはなるか疑問がある。いずれにせよ、スポンサーなしADRの発行は、海外投資家の増加している日本企業にとって投資家への情報開示のコストを改めて考える機会となっている。
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