金融危機を巡るお金の話
2008年10月14日
いま米国は、“100年に一度”あるいは“大恐慌以来”の深刻な経済・金融危機に直面しているといわれている。深刻化する危機に対して当局は様々な手を打ってきた。10/3に成立した緊急経済安定化法(EESA)も、ブッシュ大統領が記者会見で緊急対策に発表し議会に立法化を求めてから2週間で成立したことになり、決して時間が掛かり過ぎたとは思わない。ただ、その過程で下院が否決するというネガティブサプライズな出来事が発生したり、危機が投資銀行から商業銀行へ、米国から海外(特に欧州)へ拡大したために、必要以上に時間がかかった印象を持たれてしまった。さらに、新制度の実効性に対する不透明感に加えて実体経済の悪化を示す経済指標が相次いでいたことから市場の混乱は収束せず、成立から一週間経った10/10のNY株式市場の終値は約5年半ぶりの安値まで落ち込んだ。
最大7000億ドルの不良資産買い取りプログラム(TARP)が本格的に動き出す前に、焦点は公的資金による金融機関への資本注入という段階に移っており、この7000億ドルを活用するとみられる。法解釈や具体的な実行方法は専門家に任せるとして、そもそも7000億ドルという数字はどのようにして導かれたのだろうか。実は明確な算出根拠はよくわからず、当初Paulson財務長官が述べた“最大のインパクトを得るために十分に大規模”というぐらいである。確かに、7000億ドル(日本円で70兆円超)は米国の名目GDP比5%に相当し、巨額だ。
CBO(※1)の資料よると、ブッシュ政権8年間を通じての最大の仕事といえるイラク・アフガニスタンなど対テロ戦争に費やした2001年以来の累計額は8580億ドルになる。一方、金融危機関連では、既出のBear Stearns関連の約290億ドル、American International Group関連の1228億ドルに7000億ドルを足し上げると8518億ドルに達する(Fannie MaeやFreddie Macに対する最大2000億ドルを加えると一段と膨らむ)。
片や、今でもイラクやアフガニスタンに10万人以上の兵士が駐留し、01年以来の戦死者数は5000人近い。経済全体、長期的には国民の利益になるといわれても、ウォール街救済のために対テロ戦争に匹敵するお金の使用を瞬く間に決めることに、多くの米国民が素直に納得できないとしても自然だろう。株価急落という市場のサプライズショックを引き起こした下院の合意案否決後に実施された世論調査(10/1 USA Today/Gallup社発表)をみても、約6割の人が新しい案を作り直すことを望んでいた(その他に、否決された案と類似したものを通すが20%、いかなる法案も反対は14%だった)。
また、有権者の反感を買っている背景にはウォール街の経営者のリッチぶりもあるだろう。下院の監視・政府改革委員会のWaxman委員長が、Lehman BrothersのCEOだったFuld氏を呼び出した公聴会で述べたところによれば、Fuld氏の2004-07年の4年間の報酬は2億6000万ドルを上回り、フロリダに1400万ドルの別荘をお持ちだそうだ。利益をあげた対価として、正当な手続きを経て受け取ったお金であるといえばそれまでだが、最終的にはどれだけ取り戻せるか分からない7000億ドル(国民一人あたり約2300ドル)を負担させられる身になれば、お怒りはごもっとも。
(※1)CBO:Congressional Budget Office(議会予算局)
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政策調査部長 近藤 智也