日本版SWFのPROS & CONS

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2007年12月19日

  • 柏﨑 重人
ソブリン・ウェルス・ファンド(以下SWF:Sovereign Wealth Funds)と呼ばれる、国家の金融資産を積極運用する政府系ファンドに注目が集まっている。多くの場合、SWFの原資は原油等天然資源の売却代金や為替介入の結果として累積する外貨準備だ。比較的歴史の長いSWFの代表例は、中東諸国やシンガポールのそれであろう。サブプライム問題との関連で、アメリカのシティグループに対してアブダビ投資庁(ADIA)が、スイス銀行大手のUBSに対してシンガポール政府投資公社(GIC)が中東の投資家と共同でそれぞれ資本出資する等、SWFの存在感は高まる一方だ。加えて、中国やロシアといった大国がSWFを設立して積極的な運用を行うと表明するなど、SWF設立の動きが広がっている点も見逃せない。

時を同じくして、「中国に次ぐ世界第2位の外貨準備保有国である日本でも、SWFを立ち上げ積極運用すべし」とする日本版SWF構想が持ち上がっている。従来から政府(財務省)は現行の外為特勘の運用方針変更に消極的だが、今月はじめ政府系投資会社の設立を目指す自民党の「資産効果で国民を豊かにする議員連盟」(会長・山本有二前金融担当相)が立ち上がり、俄かにSWFの設立期待が高まり始めた。

ただ、外貨準備を原資とする日本版SWFの設立をめぐっては、賛否両論入り乱れているのが実情だ。まず巨額に積み上がっている外貨準備の現状を高リスクとして問題視する立場から、「外貨準備は徐々に取り崩して政府短期証券の償還に充てるべし(甲論)」、「SWFを設立して高リターンを目指した積極運用を行うべし(乙論)」、とする2種類の主張が展開されている。論点としては、(1)運用リターン水準、(2)(米ドルに対する)リスクの集中、金利・為替・ALMリスク、(3)金融・資本市場の国際化への貢献、(4)ファンドのガバナンス、(5)為替・米国債市場への影響、(6)対米及び国際的な政治的配慮などが主なものだ。

(1)(2)は資産運用の現状そのものに係る問題で、リスクをできる限り低減させるべきとする立場からは甲論が、リスクを管理しながらリターンを高めるべきとする立場からは乙論が主張される。一方、(3)は乙論を展開する際に重要な論拠となる。すなわち東京をグローバル金融センターとするためには、資産運用における真のプロフェッショナルを養成する必要が有るが、その触媒としてSWFを活用しようという立場だ。(4)はそのために必要な体制整備の一環として論じられることが多い。他方、(5)(6)に関しては、甲論があまり影響は大きくない、ないしはそこを如何に説得するかに注力すべし、とする立場を取ることが多いようだ。一方、乙論では部分的な積極運用に限定すれば影響は軽微にとどめることができるし、むしろ国際金融センター確立という大義名分を掲げやすくなる、とするのが一般的だろう。無論、外貨準備の現状を基本的に維持すべし、とする立場もある(丙論)。為替介入による外貨準備とは本質的に様々なリスクを承知の上で行うものであり、(1)(2)は方針変更に値せず、(6)対米配慮等を考えれば変更を了解できるものではない、などがその理由として考えられる。余計な波風を立たせたくない立場からは、丙論は好ましい主張となろう。

こうして眺めると、対立する、しかもデリケートな論点が多く、俄かに甲乙付けがたいと言わざるを得ないのではないか。かくいう筆者も、どちらを支持すべきか良く分からないのが偽らざる本音である。とはいえ、日本経済ないしは日本の金融・資本市場が抱える問題を考える上で、100兆円を超える巨額(約9,700億ドル(※1)に積上がった外貨準備について、ここで改めて議論することは大いに意味があろう。特定の通貨など過度にリスクが集中している点は大きな問題だし、金融・資本市場の国際化・活性化という点に賛意を示すことにも変わりはない。

例えば、外貨準備や民間部門保有分を含む、日本全体の対外純資産は約250兆円(※2)まで膨らんでいる。これは欧米や中国と比べても突出した水準だ。過去数次にわたる為替介入(外貨準備の発生源)が、多くの投資家に安心して円キャリートレードを行わせる原因とはなっていないだろうか。また、銀行が外貨保有(外貨準備の財源である政府短期証券を銀行が買っている場合も同様)のメイン・プレイヤーの1つであることを考えると、最終的な資金の出し手は預金者ということになる。間接金融に偏重した日本の金融構造が、このような巨額な外貨保有と密接に関連している可能性も指摘できる(この点から、金融・資本市場の活性化には外貨準備の取崩しの効果の方が大きい、と論じることもできよう)。外貨準備の急速な積み上がりをもたらした数年前の大規模介入は、リフレから外需主導による景気回復に大きく貢献した。しかし、内需主導の景気拡大への転換にはつながらず、今また景気は踊り場を迎えようとしている。日本経済の今後にとって、円/ドルに代表される為替レートのあるべき水準等、日本版SWF構想あるいは外貨準備の取扱いに関連して議論すべきテーマは枚挙に暇がない。少なくとも外貨準備を従前のままに放置すべきではないことだけは確かなように思える。

(※1)財務省、2007年9月末時点(一時推計)
(※2)財務省、2007年11月末時点

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