ファイアーウォール規制—求められる利益相反防止のための体制整備—

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2007年11月20日

  • 吉井 一洋

11月14日に金融審議会で、銀行・証券のファイアーウォール規制に関する議論が開始した。銀行界側からは、顧客の利便性向上とわが国の金融・資本市場の国際化・競争力強化のため、緩和を求める意見が出された模様である。顧客情報の共有や兼職等を通じた銀証一体運営を実現したいというのがその趣旨である。

顧客の利便性向上やわが国金融・資本市場の強化といった点は証券界にも異論は無いであろうが、いわゆるファイアーウォール規制といわれるものにもいろいろ種類がある。規制の目的を見極めたうえで、不必要なものは廃止し必要なものは残す、あるいは強化するといった対応が必要である。例えば、銀行の優越的地位の濫用の防止や利益相反の防止といった観点は、現在でも重要である。

米国では銀行本体ではなく、持株会社傘下の証券子会社で証券業務を行うこととされている。銀行本体が証券業者として登録無しに行える業務は制限されている。さらに、金融コングロマリットに関する規制として、タイイング規制、グループ内取引の規制、情報障壁、リサーチレポートに関する規制などが設けられている。

タイイング規制は、銀行が優越的地位を濫用することを防止する規制である。例えば、融資等を条件に、商品を販売したり社債の引受等をグループ証券会社に行わせること等の防止を目的としている。グループ内取引に関しては、連銀法23A、23B及びレギュレーションWがあり、アームズ・レングス・ルール等により、銀行とその子会社、銀行持株会社とその非銀行子会社間の相互作用を規制している。この規制は、銀行の資金がよりリスクのある事業に利用されることを制限し、銀行とグループ企業の取引によって預金保険等のセーフティーネットが流出することを防止(即ち、本来預金保険の対象となるべきでない証券取引などに預金保険によるセーフティーネットが流用されることを防止)すること、潜在的な利益相反を防止することを目的としている。

米国にはわが国のような法人顧客の情報共有に関する規制は無いとされているが、インサイダー取引防止の観点から、厳格なチャイニーズ・ウォールを設け法人の「重要な非公開情報」の共有を制限している。さらに、米国の各金融コングロマリットでは、M&A、証券の引受、貸付、ファイナンス関連などの業務における利益相反を防止するための体制と手続きを整備している。例えば、オンラインシステムに取引の情報を提出し、利益相反が生じていないか常にチェックするシステムが設けられている。

一方、英国では、ルールベースの監督からプリンシプル・ベースの監督への移行を目指しているが、利益相反の防止に関しては、そのための体制整備等をFSAの規則・ガイドラインで求めている。例えば、顧客と業者、顧客と顧客間に利益相反が生じそうな取引については、顧客に利益相反の内容を開示する、顧客に有利となるような助言や取引を行う、チャイニーズ・ウォールを設置する、利益相反を防止できない場合は、顧客との取引を断るといった対応が求められている。また、英国は、ファイアーウォールが無い代わり、チャイニーズ・ウォールを活用して非公開情報へのアクセス・共有を厳格に制限している。さらに、各金融コングロマリットでは、投資銀行業務について、各取引情報を入力し、利益相反が生じていないかを常時チェックするための情報管理システムが設けられている。利益相反が生じている際にそれを解消するため対応方針・手続きも定められている。

このように米国、英国では、規制を形式的に遵守するよりも、規制の目的を達成するための実質的対応が求められている。わが国よりもファイアーウォール規制は緩やかである、あるいは存在しないとされているが、金融コングロマリットに対しては、銀行による優越的な地位の濫用、利益相反を防止するための厳格な管理体制の設置が求められているわけである。

最近、某メガバンク系の証券会社が、ファイアーウォール規制違反で証券取引等監視委員会の処分を受けた。その際に、同様の行為は米国では違反にはならないとの指摘もあった。しかし、このような指摘は的を得ていない。重要なのは、ルールがあった際にそれを遵守する精神である。そのような精神なしに、利益相反防止のための自主的な体制整備など望むべくもないであろう。

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