マイクロ秒の争いに移行する米国証券業界

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2007年08月24日

  • コンサルティング第一部 主席コンサルタント 中島 尚紀

ニューヨークでは例年6月に証券IT関連の大きなカンファレンス・展示会が行われる。今年のテーマの一つは電子取引であった。テーマ自体はさほど目新しくないが、ヘッジファンドの取引手法が一般の機関投資家にも利用されつつあり、IT活用による利益追求のさらなる広がりを感じることができた。

その中で気になったのは、ここ数年で利用されるデータが急増し、それに伴い許容される処理遅延もさらに短くなっている事であった。今まで「秒間10万データを処理し、遅延はミリ秒で評価」と言われていたのが、それぞれ「100万データ、マイクロ秒」というレベルに変わってきている。もちろん、処理は複雑になっているにもかかわらず、である。

データ量が増加する背景には、取引手法が複雑になり取引量が増加しただけではなく、米国の証券市場における規制や制度の変更もあげられる。株式市場の統一を図った全米市場システム規制が一部実施された(※1)ことで、株価データの配信はピーク時で3倍以上に増加している。また、そもそもデータ量が多かったオプション市場でも、一部の銘柄で呼値が1セント刻みに切り下げられた(※2)ことでデータ量が増加している。これは今後全銘柄に広がるとみられており、データを提供する側も準備を進めている。

そして、利用者のITインフラも進化してきている。データ配信、ネットワーク、データ処理インフラ、ハードウェア、それぞれで高速なものを導入し、複雑に組み合わせて利用しているのである。

例えば、データプロバイダの変更、配信プログラムそのものの高速化、ネットワークミドルウェアの強化などはデータ配信やネットワーク部分の高速化のため実施されてきている。高速なLAN、WAN機器の利用だけではなく、システム配置による通信経路短縮も行われる。また、処理分岐を高速に行うCEP(※3)や、多数のサーバでデータ共有を行うデータグリッド(※4)は、メモリデータベースや時系列データベースと組み合わせられてきている。ハードウェアも、大量の連続データ処理に強いストリームプロセッサ(※5)の利用、さらにごく一部だがプログラムのハードウェアによる実装も始まっている。

米国の投資銀行やヘッジファンドでは、これらのITインフラを使いこなし、高度な取引を推進してきている。今後データ量の増加が見込まれる日本の市場にとっては、このようなノウハウが導入されることはまさに「黒船」になるのでないかと思っている。

(※1) 全米取引システム規制では最良の気配値を出す取引システム(取引所など)以外での執行を原則禁止している。各取引システムでは、他のシステムの気配値を収集し、必要に応じて注文を他システムへ回送している。

(※2) 今まで呼値は5セントや10セント刻みだった。ペニーパイロットプログラムとよばれ、今後銘柄数を拡大する予定。

(※3)CEP(Complex Event Processing)とは、データ到着を元に計算や検索を行い、その結果により処理を行うシステム。株価データなどの大量かつ連続に到着するデータ(ストリームデータ)の処理速度/処理量に対応できる。

(※4)データグリッドとは、複数のサーバ間で高速にデータ共有するシステム。取引では注文管理システム、執行管理システム、CEP、各種の計算処理システムなど複数のサーバが利用されるため、その間のデータ共有で有効である。

(※5)ストリームプロセッサとは、上述のストリームデータの処理が高速なハードウェア。例えば、PCの画像処理やゲーム機の処理を行うプロセッサがある。

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中島 尚紀
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コンサルティング第一部

主席コンサルタント 中島 尚紀