株式需給面から探る日本株出遅れの背景

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2007年05月30日

  • 壁谷 洋和
海外株式市場の堅調な株価推移とは対照的に、国内株式市場では株価が伸び悩んでいる。連動性が高いと信じられている米国株が高値を更新する中でも日本株の反応は鈍い。企業業績の保守的予想がその一因と言われているが、果たして原因はそれだけだろうか。以下では、日本株出遅れの要因を需給面から探る。

4月の株式市場を振り返ると、海外からの活発な資金流入は継続した。現物の三市場ベースで見た外国人の買い越し額は1兆4,535億円と、月次ベースで過去9番目に大きい水準となった。それにもかかわらず、TOPIXは月間で0.74%下落。外国人が月間で1兆円以上買い越した月で、TOPIXのパフォーマンスがマイナスとなったのは統計開始以来(1982年以降)、今回が初めてのことである。この“異常事態”をどのように解釈したらよいのか。

4月の外国人以外の主体別売買動向を見ると、確かに個人の売り越し額は大きかった。4月の9,622億円の売り越しは過去6番目に大きい水準である。しかし、今回を上回る5回の局面いずれのケースでも、月間でTOPIXは上昇した。今回のケースでは3月の下落局面からの株価回復で、個人の利益確定売りが先行し、株価の上値を抑えたとの解釈も成り立つかも知れない。ただ、過去の事例などを踏まえると、それだけでは説得力に欠ける。個人以外の投資主体、すなわち国内機関投資家の売りも相場にネガティブな影響を与えた可能性がある。

信託銀行の4月の売買動向は現物と先物を合わせて6,000億円超の売り越しとなった。これは2006年2月以来の水準である。2005年度においては、大幅な株価上昇によって、企業年金は年間を通じてリバランスによる国内株式の圧縮を迫られた。2006年2月の9,000億円近い売り越しもその一環と理解できる。期が変わって2006年4月も、今回ほどではないにしても約5,000億円の売り越しが見られた。期初に2005年度の高値を更新する場面があったことで、そこでも高値での利益確定の動きが存在した可能性は否定できない。

では、今回の2007年4月についてはどうか。確かに株価は回復基調にあったが、2006年度の高値を更新するまでには至らず、企業年金に保有株売却を積極化させる強い動機があったとは考えにくい。もしかすると、信託銀行の売買動向に反映される企業年金以外の投資主体に、その原因を求められるのかも知れない。以下での議論はあくまで消去法的に推測した、一つの可能性である。

信託銀行の背後に存在する投資主体は多種多様である。メインは企業年金や公的年金だが、それ以外の公的資金も基本的には信託銀行の手口に表れる。代表的なものとしては、郵貯・簡保資金を挙げられる。郵貯・簡保資金の運用動向については、直近で2007年3月9日付けDIRマーケット情報「郵政民営化で郵貯・簡保の資金運用に変化は見られるか」でも取り上げた。

そこでの主な内容は郵政民営化後の簡保資金での株式運用拡大の可能性についてであったが、部分的に郵貯資金での運用計画の変化についても触れている。従来の郵貯の資金運用計画においては、国内株式の比率は2%以下とされてきたが、新計画のもとでの比率は1%以下に引き下げられた。

第1期中期経営計画期間中、郵貯の国内株式運用は概ね総資産比1%で推移していた。くしくもそれは組入れ目標範囲(0-2%)の中間の水準である。2006年12月末時点の郵貯の国内株式比率が1%を割り込んでいたため、前掲レポートでも、「追加的な国内株式比率の引き下げを意図したものではないと解釈」した。その一方で、「第1期と同様に目標範囲0-1%の中間値が意識されれば、0.5%程度まで引き下げられる可能性」があることも指摘した。

結局、その後の株価は4月にTOPIXで1700ポイント台半ば近辺まで上昇し、郵貯の国内株式比率は上限である1%の水準に限りなく近づいたと推測される。目標範囲の中間値を意識すれば、0.4-0.5%程度の調整余地が生じたことになる。

郵貯の資金量を190兆円弱と想定すると、必要な調整額は数千億円規模に達する計算である。郵貯資金が「目標範囲の中間値」を意識したオペレーションを少なからず実施していたとすれば、4月の信託銀行の売りの一部を説明できるのではなかろうか。あくまでも一つの仮説である。

さらにもう一つ別の可能性を探るとすれば、銀行等保有株式取得機構(以下、株式取得機構)や預金保険機構(以下、預保)など「残された持ち合い解消売り」の主体に原因を求められるかも知れない。2006年9月1日付けDIRマーケット情報「株式取得機構・預保による保有株処分の今後の対応」での指摘どおり、これら主体も昨秋から保有株式の処分を進める新たなフェーズに入っており、いつ売却が行われても不思議ではない状況にある。

株式取得機構は2005年末時点で約2.6兆円の株式を保有(時価ベース)。2006年度においては、発行体の要請による自社株買いや売出しに応じる形で処分を進めた。自社株買いによる処分金額は定かではないが、売出しへの対応は3月末までに15件に及んだ。売出し総額は7,000億円を越え、自社株買いと合わせて2005年度末残高の3分の1程度を処分した可能性がある(直近の残高は1兆円台後半か)。もともと株式取得機構は2017年3月末までに十分な時間を費やして処分することを明言しており、処分開始初年度で3分の1程度の残高圧縮は順調な進捗状況と言えるのではないか。2007年度開始早々に、さらなる処分の進展を急ぐ必要性は決して高くないと考えられる。

一方で預保は2006年9月末時点で旧長銀・旧日債銀から受け入れた株式を1兆5,469億円分保有する(簿価ベース)。昨年11月までは自社株買いへの対応を中心に処分が進められ、同年12月以降に市場売却も含めた本格処分のフェーズに入ったと推測される。預保の処分方針は「国民負担の最小化」「市場への影響の極小化」を前提に、「概ね10年を目途として処分時期の分散」を図ることを基本としている。それだけに処分開始当初は慎重な対応を迫られたものと推察できる。

しかし、先行する株式取得機構がとりわけ2007年1月以降に売出しを利用して積極的に処分を進める中にあって、預保の対応としても処分を検討せざるを得ない状況が次第に醸成されていったものと考えられる。さらに日経平均株価が安定的に17,000円台を推移し、東証一部の一日の売買代金が2.5-3兆円程度まで回復するようになると、「国民負担の最小化」の観点から、処分を進めないことの正当性を説明するのは難しくなる。そうした“状況証拠”から判断すると、4月以降に預保が処分を積極化したとしても決して不思議ではない。

以上の指摘はあくまでも可能性の一つに過ぎない点を改めて強調しておきたい。公表データ等から確認できる事実は信託銀行経由で売りが膨らんでいる、という点だけである。ただ、企業年金がこの時期に売る可能性は限定的で、また一部の公的資金・公的機関には売るべき株式が存在するということも否定できない。消去法的に、状況証拠を積み上げていった場合に、これら組織による売却の可能性が見えてくるのである。

仮に、この考え方が正しいとしたときに、次に問題となるのは「いつまで売りが続くのか」といった点である。これら組織の足元で必要な売却の規模は、大雑把に見積もって、数千億円~1兆円程度と推測される。4月に信託銀行が約6,000億円売り越したことを踏まえると、それらの売りは一服に向かう可能性が高いと見られる。実際、5月に入って信託銀行の売り越しは縮小しつつある。必要に迫られた国内機関投資家の売りが一巡すれば、日本株の出遅れ修正もいよいよ現実のものとなるかも知れない。

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