カリスマ主婦の行方

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2007年05月29日

  • 中島 節子
カリスマ主婦こと料理研究家Kには、彼女が何かイベントを立ち上げれば我先にと駆けつけ、彼女がプロデュースするキッチン用品やカジュアルウェアを競って買い、カリスマK的なライフスタイルを追い求めて止まない親衛隊がいる。

彼女たちは口々に言う。「先生みたいになりたいわ」「先生みたいになれなくて」「先生に少しは近づけたかしら」など等「いいな、いいな」がいつまでも続く。

料理研究家Kがカリスマと賞賛される以前にも、著名な女性の料理研究家はけっこういた。彼女たちは普段着の料理と共に、当時まだ珍しかった海外の料理やテーブルセッティングを紹介していた。主婦たちは素直に「こんなのがあるんだ」と興味深く見ていただろうけれども、同時に彼女たちの周辺を知ってため息が出ることもあっただろう。それは、幼少のころ外交官である父の仕事の都合でロンドンですごし、とか、父は著名なフランス文学者○○氏、とか、某省勤務の夫に付いてニューヨークで暮らし、等。外国がまだ身近でない時代に欧米の食文化を謳歌できた彼女たちは、奥様、だったのである。

料理研究家Kも、夫が業界では名の知れたキャスターだったが、世間の評価ではKは“奥様”ではなかった。主婦として料理界へ入ったことが功を奏した、ともいえるだろう。彼女は料理上手だったが、プロとして特別な料理を作るわけではない。ただ彼女の料理は普通のお惣菜なのに、なぜか新しくおしゃれになってしまうのだ。Kが登場するまでは、さばの味噌煮や肉じゃがで、まさか自分の夫の同僚や上司をもてなせるとは誰も思わなかっただろう。見る人が「あれでいいなら、わたしにも」という手の届く範囲になぜかカリスマが誕生した。

実際、同じ主婦なので、“カリスマ”も“普通”もやっていることにあまり差はない。カリスマ主婦も食事作りに始まり、掃除、洗濯などごくごく普通の家事をこなしている。毎日繰り返される単調な家事なのに、それを楽しむカリスマ主婦に、親衛隊は「いいないいな」を繰り返す。

そう、カリスマ主婦は奥様より普通の主婦からの距離が断然近い。「K的ゆとり生活、暮らしのレシピを学ぼう」なんてキャッチコピーに吸い寄せられてしまう人は、「あの人だって普通の主婦だったんだから」という思いに一度はすがるのかもしれない。

カリスマの意味を辞書で引いてみると「接する人に超人的・神秘的な力を感じさせたり、教祖的な指導力を発揮したりする能力を備えた人」という。「楽しい暮らし」を提案するカリスマ主婦は「この人の言うとおりにしていたら、きっと私たちにも素敵なくらしが・・・」と思い込ませる何かをもっている、ということになるのだろうか。

とはいえ“カリスマ”と“普通”の間にはやはり差はある。その居場所。彼女は「朝起きて庭に面した大きな窓を拭くのが楽しみ」と言うが、普通の主婦が目にするのはアルミサッシの団地サイズ窓、だったりする。なべ、釜、ゴミ箱でごったがえしたキッチンでスコーン(イギリスのティータイムに登場するお菓子)を作っても、テーブルの上に優雅なひと時はやってくるのだろうか。

専業主婦が主流だった時代が去り、働いて稼ぐ女性がもてはやされる時代になってくると、経済的貢献度があまり期待されない主婦でいることが、居心地悪くなってしまう。家事なんてつまらない、おもしろくない、やってもしょうがない、そんな悲壮感で押しつぶされそうなところへ「日常の家事はこんなに楽しい」と宣言し、実際、楽しんでいる人が現れた。親衛隊は主婦の復権到来、と賛美をもってカリスマを迎えたのかもしれない。

でも、この人、本当に今でも主婦なのだろうか。料理研究家Kは自分で稼いだお金で豪華に家を改築し、夫とショップを経営し、業界に息子を売り出そうとする、ビジネスマンに変貌している。

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