香港:民主化と経済的繁栄

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2007年04月09日

  • 牧野 正俊
3月25日に、香港特別行政区の行政長官を決める選挙が行われた。結果は、事前の予想通り現職のドナルド・ツァン(曽蔭権)氏の圧倒的な勝利に終わった。

香港の行政長官は、選挙委員会委員の投票により行われる。選挙委員は、(1)産業界、(2)専門職団体、(3)農林水産業・宗教・社会福祉などの社会団体から各200人が選出され、これに(4)各種議員(立法会議員・区域組織代表・香港地区全国人民代表大会代表・香港地区全国政治協商会議委員の代表)200人を合わせた合計800人(実際には795人)から成る。もともと、選挙委員を選出する母体自体が、親中派や実業界に偏っていることもあり、選挙委員会全体として、中国本土の意向が色濃く反映される仕組みになっている。

行政長官に立候補するためには、まず、選挙委員100名以上の推薦が必要である。02年に行われた第1回目の行政長官選挙では、現職のトン・チーファ(董建華)氏以外に候補者が推薦されず、同氏が無投票で当選。第2回目の選挙では、トン氏の任期半ばでの辞任を受けて後継に任命されたツァン長官と、民主党主席の李永達氏の2人が推薦されたが、李永達氏を推薦した選挙委員が100人に達せず、結局、また無投票でツァン氏が長官に選出された。

3回目となる今回の選挙では、対抗馬のアラン・リョン(梁家傑)氏が132名の選挙委員の推薦を獲得したため、現職のツァン氏(641人の推薦を獲得)の対抗馬として、長官のポストを初めて選挙で争うことになったものである。

しかしながら、それぞれの候補を推薦した選挙委員の比率が、本番の選挙で大きく変わることはありえないため、選挙はいわば「出来レース」であった。尚、実際の選挙では、リョン氏を推薦した選挙委員の一部票がツァン氏に流れたため、最終的にはツァン氏649票、リョン氏123票という結果になった。

こうした間接選挙は、香港市民の声を正当に反映した方式とはとても言いがたいが、事前の世論調査では、現職のツァン氏の支持がリョン氏の支持を大きく上回っており、選挙の結果はそれなりに民意を反映したものであったと言えよう。

05年3月の前長官の辞任を受け、ツァン氏が長官代行となったころには、中国の高成長の恩恵を受けた香港経済は、順調な拡大をたどり始めた。好景気を背景に財政収入も大幅に伸び、一時は検討した消費税の導入を取り下げた上に、今年は大幅な減税を打ち出すなど、同氏の政策はおおむね香港市民に支持されてきた。民主化を声高に叫ぶいわゆる「反対陣営」の候補者よりも、行政経験の長いツァン氏に経済運営を任せたほうが安心、という香港市民の意向がみてとれる。

尚、長官に選出されるためには、両候補者ともに、800名たらずの選挙委員の票を確保することだけに専念すればよいのであるが、投票権を持たない市民に向かっての街頭演説やパレード、さらには、テレビでの公開討論会も派手に行われたのは興味深い。

この背景には、将来の普通選挙の導入がある。ツァン氏自身も普通選挙実施に向けてのプランを作成することを明言しており、次回の長官選挙となる2012年以降、選挙方式が変わる可能性は少なくない。ただし、中国政府は、かつての経済特区の設立がそうであったように、共産党の思想と相容れない新たな政策を導入する際には、漸進主義で行うケースが多い。いうまでもなく、香港は中国の重要な金融センターとしての役割を担っており、この状況を激変させるような大胆な政治改革が行われる可能性はまずない。89年の天安門事件から18年たった現在、香港市民の「民主化」に対する意識はかなり変質してきている。ツァン氏が言うように「香港の繁栄を犠牲にした形での普通選挙の導入は望まない」ということばは、多くの香港市民の心情を反映しているのではないだろうか。

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