理論と実践:最適執行における「ブラウン運動」をめぐって

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2007年01月26日

  • 山下 真一
理論と実践は車の両輪である。荷重に片寄りがあってはならないし、ましてやどちらかが欠けてもならない。車が大きく前進するためには、両者が健全に発達する必要がある。金融市場で新たな商品やサービスが登場する度にこのような思いを強く実感する。

近年、VWAP(※1)を基準とした売買手法(以下、VWAP執行(※2))が、年金運用や投信運用の株式売買において代表的な手法として定着している。理由として1990年代後半からの証券市場改革と年金制度改革にともなって執行コストへの関心が高まってきていることがある。売買委託手数料が自由化されると手数料の値下げ競争がおこった。取引総コスト中における手数料以外のコストの比重が高まり、中でも最大の要因であるマーケット・インパクトに注目が集まった。VWAP執行は、マーケット・インパクトを最小化する執行方法であるということが経験的・理論的に明らかにされ、機関投資家にとり適切な売買手法として認識されるようになった。

このように最良執行に対する取り組みが本格化しVWAP執行の重要性が増す中、効率的なアルゴリズム開発やリスク管理のために、執行の理論的枠組みが必要とされている。例えば、VWAP執行のコストを分解してみると、価格変動のみならず出来高変動も執行コストに影響を与えることが分かる。 従って、適切な執行手数料の算出やリスク管理を行うためには、出来高変動の統計的な性質を分析することが不可欠であると考えられる。

ところが、これまでに出来高に関する理論的な研究はあまり行われてこなかった。理由として、ティックデータの入手が困難であったことや実務的な必要性が低かったことが考えられる。また、出来高のあまりにも不規則な性質も、モデリングを困難なものにしている。そのため、系統だった理論体系が不在のまま今日に至っている。

金融工学の大輪であるオプション理論は、ブラウン運動の理論を基礎として大きく発展してきた。果たして、最適執行理論における「ブラウン運動」は何であるのか。車輪の片方である執行業務が大きく成長した今、もう一つの車輪である理論研究が育つことによりさらなる金融市場の発展が望めるだろう。私も実務家の端くれとして微々たるものであるが積極的に貢献したいと思う。

(※1)VWAPとは出来高加重平均価格のこと。当日の証券取引所の取引時間中に成立した価格と数量の積の総和を総約定数量により除して得られる。

(※2)代表的なものに、VWAPギャランティ取引とVWAPターゲット取引がある。前者は、相対取引とよばれるものの一種であり、証券取引所を通さずに、機関投資家と証券会社の間でVWAPにおいて取引が行われる。後者は、委託取引の一種であり、機関投資家からの注文を証券会社が取り次ぎ、平均約定価格がVWAPに近くなるように執行する。

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