証券会社も取引所の競合相手に? 米国で普及するクロッシング・ネットワーク

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2006年12月22日

  • 伊藤 慶昭
証券取引所による私設市場の買収やグローバル規模での取引所の合併や資本提携が過熱する中、米国では「クロッシング・ネットワーク」をキーワードに証券会社を含めた新たな展開が見えはじめている。クロッシング・ネットワークとは取引市場の一種で、バイサイドからの大口注文やブロック注文を対象に、取引参加者同士が直接、価格や数量等の取引条件を交渉したり、他市場の時価、例えば最良気配値の仲値や終値を取引価格として、定時点までに提出された売買注文を一括して約定する。またオークション型市場のように気配値や価格が公開されず、市場参加者についても詳細が特定できないといった取引の匿名性を維持しているのが特徴として挙げられる。

従来クロッシング・ネットワークはDMA(Direct Market Access)(※1)やOMS(Order Management System)(※2)等、ITをバックボーンに各種トレーディング技術を提供するプロバイダや中小ブローカーが私設市場として運営してきた。一方でNYSEやナスダック等の既存取引所もオークション方式による通常セッションに加え、始値、終値による執行を保証するクロッシング・セッションを増設している。さらに最近になって、証券会社が従来は内部でクロス(Internal Crossing:取引所を通さず執行)してきた取引形態をPTS(Proprietary TradingSystem:電子私設市場)(※3)としてSEC(証券取引委員会)に登録する、あるいは大手コンソーシアムによるPTSの設立計画等、証券会社主導によるクロッシング・ネットワーク推進の動向が顕著となっている。

クロッシング・ネットワーク普及の背景には、アルゴリズム・トレーディング(※4)の普及と同様、米国証券市場における注文の小口化が進み、以前と比較して大口注文の約定が難しくなっていることが指摘されている。マーケット・インパクト抑制の点でアルゴリズム・トレーディングも有効手段であるが、大口注文をなるべく1度の取引で保証された価格にて執行できる点において、クロッシング・ネットワークの活用メリットが大きくなる。

一方で証券各社の事情に注目すれば、バイサイドからの注文を抱えて一部を内部でクロスしてきたことから、一定の流動性とクロッシング型の市場機能を既に確保していると言える。従って証券会社がクロッシング・ネットワークとしてPTSを開設することは比較的容易であり、広く外部から市場参加者を募ることで、オーダーフロー拡大を図る姿勢がうかがえる。さらに現在の機関投資家取引業務においては、トレーディング業務の電子化によって取引手数料の急激な低下を招く事態となり、併せて取引所から場口銭を課されている。このように厳しい収益環境の中で、証券会社が取引所を通さず内部でクロスすれば場口銭の支払いが回避できると共に、市場運営者として多少なりとも場口銭と市場データ料の収益源を得ることに繋がる。

現在、日本では証券会社によるPTS構築が盛んに報じられている。ただし現状においてオークション型PTSは夜間取引であり、通常取引時間に運営しているのは外資系証券のクロッシング型PTSのみである。既存取引所の立場が監督官庁にやや近い日本の事情を考慮すると、(1)内部クロスからアプローチすれば一定の流動性を確保できる、および(2)オークション型の既存取引所とはビジネス上の棲み分けがし易いといった点から、クロッシング・ネットワークの普及が日本証券業界におけるPTS発展の糸口になるのではなかろうか。

(※1):DMA(Direct Market Access)
バイサイドが証券会社の人を通さず、(証券会社の)発注システムや取引施設を直接利用することで、取引所のスペシャリストやマーケット・メーカーに、電子市場の場合は板に直結するトレーディング基盤を表す。取引執行コストが既存の手法より安く済むことが主なメリットとされ、サービス開始当初はトレーディング機能に特化したITベンダーや中小金融機関が中心となってサービスを提供していた。

(※2):OMS(Order Management System)
バイサイドのトレーディング・システムで、主な機能として、(1)ポートフォリオのモデリング、ベンチマーク等の定量分析、(2)ポートフォリオ・マネジャーからブローカーに至る一連の発注指示・作業、(3)コンプライアンス業務、(4)約定報告、といった4つの業務を遂行し、ポートフォリオ・マネジャー、トレーダーおよびコンプライアンス・オフィサーといった立場の違うユーザーの広範囲なニーズをサポートする。またOMSでは、ほぼ全ての工程を電子的に処理することにより、各業務フローにおける進行遅延の原因となるボトルネック部分を解消している。

(※3):過去米国において、電子私設市場はATS(Alternative TradingSystem:代替取引システム)とPTSの2通りの呼称が用いられていたが、1998年12月にATSに対する規制方針が提示されて以降はATSに統一されるようになった。従って厳密に言うと米国の電子私設市場はATSとするのが正しいが、混乱を避けるためあえてPTSとした。

(※4):アルゴリズム・トレーディング
証券会社がバイサイドからの注文を特定の論理や規則に従って自動的に処理する取引手法を意味する。本来、高度な数理科学によって投資分析を行う「クォンツ(QuantitativeAnalysts)」を実現するために開発した内部の取引システムを、バイサイド向けに転用したのがサービス開始の経緯である。

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