フィリップス・カ-ブのフラット化

RSS

2006年11月20日

  • 田谷 禎三
景気回復・拡大局面が続き、昨年末あたりから需給ギャップがプラスになったと考えられる。日銀による物価変化率のプラス定着判断も、この点に基本的なベースを置いている。しかし、日銀自身も、「展望レポート」において、「需給ギャップに対する物価の感応度が従来に比べて低下している可能性を考慮しており、需給ギャップのプラス幅が緩やかに拡大しても、消費者物価の前年比は目立って高まっていかないと想定している」、と述べている。それにしても、最近の感応度の低下は顕著である。

縦軸にコアCPIの前年比変化率、横軸にGDPギャップ(%、右に行くにしたがいマイナスからプラスになる)をとった場合、右上がりの傾向線(フィリップス・カーブ)が描けるが、その傾きが下がってきている。90年代では、その傾きは0.39だった(四半期データを使い、消費者物価指数は消費税の導入および引き上げの影響を除いたものを使用)。つまり、GDPギャップが1%改善すると、物価が0.39%上がった(あるいは、それだけ物価下落率が小さくなった)。ところが、2000年に入って以降今年第2四半期までの期間では、その傾きは0.18になり、2003年第3四半期以降では、その傾きはさらに0.038にまで下がっている。つまり、ここ3年だけに限ってみると、潜在成長率を2%弱と想定すると、実質経済成長率が3%程度になっても、コアCPIは0.04%程度しか上昇しなかったことになる(※1)

こうしたフィリップス・カーブのフラット化は日本だけの現象ではなく、近年、先進国共通にみられる。IMFのWorld EconomicOutlook(4月)によると、先進8カ国平均で、過去20年、GDPギャップ1%の改善は、CPI変化率を1年目0.2%、2年目0.11%引き上げ、3年目以降その影響は計測できなかった、つまり、3年目以降の影響はゼロ、と報告している。これに対し、1983年までの20年では、上の数字は、1年目が0.3%、2年目が0.23%、3年目以降の影響も1,2年の合計の半分程度は残っていた、としている。こうした近年の物価の国内需給ギャップに対する反応の鈍さについて、最大の要因として、経済の開放度の高まり、つまり、グローバリゼーションを挙げている(※2)。その他の要因としては、金融政策に対する信任の高まり、労働組合の賃金交渉力の低下、インフレ率そのものの低下を挙げている。

日本の場合、こうしたグローバリゼーションに加えて、労働市場の構造変化が賃金上昇を抑え、その結果として、物価上昇をさらに抑制したと考えられる。低賃金の非正規労働者やパート労働者が増えたことや、ベビーブーマー(1947年から49年生まれ)が、賃金がピークに達する55才を越え、退職期にさしかかってきたことがある。こうした状況は近い将来大きく変化しそうもない。もしそうだとすれば、当面、物価の基調を判断するベースに国内需給ギャップを置くことには疑問がある。単位労働コストや企業物価指数の動きを見ることは必要だろうが、近い将来、コアCPIの動きをより左右するのは原油市況、為替相場、公共料金、食料品価格といった外生要因ではないか。ここ暫くは、需給ギャップの動きによって先入観を持つことなく、そうしたさまざまな要因の動きを想定して、物価の先行きを考えることが必要なのではないだろうか。

(※1)需給ギャップがプラスとなった後、物価の反応が高まる可能性はある。つまり、フィリップス・カーブの傾きが、需給ギャップがゼロあたりのポイントで大きくなる可能性である。
(※2)コーン米連邦準備理事会副議長は、経済のグローバル化が賃金・物価を引き下げてきた主因とは考え難い、あるいは、少なくとも、そうした点を確認するにはまだデータが不足している、と述べている(今年6月のスピーチ)。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。