人民元の短期と長期

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2006年08月29日

  • 児玉 卓

人民元の上昇トレンドが続いているが、そのペースが余りに緩やかなこともあって、いつ打ち止めになるのか予想がつかない。人民元買いは、短期的に見れば、滅多に存在しない負けのない賭けである。リターンはさほど大きなものではないかもしれないが、原資が米ドルであれば着実な儲けが期待でき、損失をこうむる可能性はほとんどない。こうした事情が資本流入を加速させ、対価としての人民元建てベースマネーの増加をもたらすとともに、銀行の貸出を後押ししている。これが中国における投資過熱の一因になっていることはほぼ間違いない。

こうした循環を止める最も効果的な方策は、人民元の上昇期待を封じ、資本流入をディスカレッジすることであろう。そのために必要なのは、結局のところ人民元の大幅な切り上げであり、資本流入が国内経済バランスを不安定にしている以上、切り上げは早いに越したことはない。中国の経済政策は実験主義、漸進主義を旨としてきたが、金融市場を相手にしたとき、そのパターンはどうやらうまくワークしない。

さて、人民元の変動は政策変数であり、その帰趨は読みにくいものの、切り上げのあるなしに関わらず短期的に増価の方向にあることだけは間違いなさそうである。しかし、それは過小評価された人民元の水準訂正と位置付けるのが適当であり、中長期的な人民元の増価の端緒となるものではない。世上、かつての円になぞらえ、人民元が長期的にも上昇傾向を辿ると見る向きが少なくないが、多くの場合、その根拠はかなり疑わしい。円に関して言えば、固定相場制の放棄の後に急速に増価が進んだのは、固定相場下で円の実質的な過小評価が進んでいたからであるが、その調整に10年以上の年月を必要としたと考えるのはナンセンスである。90年代までの長期的な円高は、変動相場移行後の日本経済のファンダメンタルズを反映したものである。

そのファンダメンタルズとは、高い経済成長を意味するのではない。韓国やタイなど、日本に続く高成長国の対ドルレートは長期的に下落している。高成長に経常収支黒字を加えても事情は余り変わらない。台湾ドルや、シンガポールドルのトレンドが、成長率や対外収支で決まってきたとは見なしがたい。

長期的な為替レートの拠り所は一物一価の法則である。円高を支えたファンダメンタルズは日本の相対的な低インフレであり、例えば名目レートの増価に対して、円の実質レートは安定している。人民元の過小評価が進んできたのも、その低インフレ(時にデフレ)の結果である。問題は、そうした安定的な物価が長期的に維持可能かどうかにある。

実のところ、中国の物価を巡る環境にはいくつかの変化が見られる。中でも重要なのは、賃金の上昇ペースが加速する可能性が高まっていることである。これまで、多くの(外資を含む)企業は無尽蔵とも言われた労働力の存在を背景に、賃金上昇率を生産性改善ペースの範囲内に抑えることが可能であった。そこで生まれた余剰は一義的には企業収益の拡大をもたらすものであるが、競争条件や、利益率よりもシェアを優先する企業行動などによって、時にそれは製品価格の引き下げの原資とされてきたであろう。それが高成長と低インフレの背景にあり、もとを辿れば労働市場の他に例を見ない奥深さゆえに、中国は世界の工場としての地位を確立することが出来た。しかしここまでの高成長の持続に伴い、その労働力もさすがに無尽蔵とはいえないことが明らかになってきている。ごく足元は、沿岸部などの人手不足も緩和していると伝えられているが、それは政策的な最低賃金の大幅引き上げや各企業の待遇改善の結果でもあり、いずれにせよ、かつてのような低賃金持続を前提とした企業経営は成り立たなくなってきている。

これは中国の世界の工場としての地位を必ずしも後退させるものではない。投資に偏重した経済構造を、摩擦を最小限に抑えながら是正する上での条件でもある。しかし一方で低インフレの前提は崩れる。実際、90年代後半以降下落してきた製造業の単位労働コスト(生産性/賃金率)には下げ止まりの気配が濃厚である。

人民元建て資産の保有が負けない賭けであるのは、あくまで足元の人民元の割安さが解消されるまでのはなしと見るのが妥当であろう。

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