アジア中心に広がる中国のツーリズム

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2006年08月14日

  • 由井濱 宏一

中国からアジアを中心とした旅行ブームが最近目立つようになってきている。00年以降の中国からの海外旅行(この場合は香港やマカオを含む)は年々伸び率が上昇し、二桁台の伸び率が定着しつつある。05年こそ前年比+7.5%と一桁台の伸びに落ち込んだが、これは04年の伸びが非常に高かったことによる反動で、旅行者の絶対数でみると3,000万人を超え、史上最高を更新した。この10年間で旅行者数は4倍強に激増したことになる。旅行先別にみると、やはり距離的に近い香港・マカオ地域を選択する向きがもっとも多く、最近では毎月の同地域の受け入れ訪問客総数に占める中国本土からの訪問客の割合は50%を超え、多い時には60%前後にも達する。香港・マカオ地域ほどでないにせよ、主要アジア地域(日本、韓国、シンガポール、タイなど)における中国本土からの訪問客の割合も一様に上昇傾向にある。隣接の香港・マカオのみならずアジア全体に中国本土人民の旅行熱が拡大していることが窺がえる。

中国本土人民による旅行熱の高まりの背景には、(1)最近の高度成長に伴う所得の伸びが続き、旅行への消費意欲が高まってきたこと、(2)個人旅行の解禁や外貨持ち出し規制の緩和など国・域境を越えた移動の自由化が進んだこと、の2点に集約される。(1)については自明であるが、都市部、農村部とも年間賃金が大きく伸び生活水準が向上するなかで、文化や娯楽・レジャー活動に対する消費の割合が相対的には小さいながらも急速に拡大している(00年からの5年間で消費支出全体に占めるシェアはほぼ倍に)。また、(2)の要因について、中国本土居住者への規制緩和は順調に進んでいる。香港とのCEPA(緊密経済貿易協定)の締結に伴い、03年7月以降広東省居住者から始まった個人旅行解禁は、06年6月現在で、13省、44都市(4直轄都市を含む)の居住者にまで広がった。人口にすると約2億7,000万人となり、日本の総人口の2倍を超える規模である。また、外貨持ち出しの上限については03年9月に1回当たり1,000USドル相当(短期滞在の場合)から05年8月には5,000USドル相当(同)にまで大きく引き上げられた。個人・団体旅行に関わらず海外での消費意欲の向上に拍車をかけているようだ。

こうした中国からのアジアを中心としたツーリズム拡大に伴って、香港やシンガポールなど、特に中国本土からの旅行者の増加ピッチが大きい国、地域の内需が活性化している。01年以降のアジア主要国・地域の小売売上高の推移をみると、中国で個人旅行が解禁され、その効果が出始めたと思われる04年以降は、香港、シンガポールの同売上高の伸び(前年比ベース)は概して高水準となっている。中国人は面子や礼節を重んじ、一旦海外旅行に出かけると、本土の関係者へのお土産購入にいそしむ傾向が強いといわれる。それが活発な消費となって旅行先での売上に貢献していると思われる。実際、香港のケースでみると、00年に香港の小売売上全体に占める中国人旅行客の買い物額の割合が4%程度であったものが、05年には12%程度にまで拡大している。

現在の中国が置かれている経済、社会情勢は、その成長のスピードや大衆消費社会の出現などといった側面でちょうど日本の高度経済成長期との類似性がよく指摘される。日本では旅行関係についても72年にパックツアーなどの商品が開発され、日本国民の所得の向上と共に、海外旅行ブームが沸き起こった。当時の状況をみると、60年代後半から70年代前半にかけて日本の1人当たりGDPは急速に拡大し2,000USドルを突破、それに合わせるかのように海外旅行者数は急増した。中国もここ数年で同GDPは大きく伸びており、04年時点での主要35都市でみた平均の同GDPは3,000USドルを上回っている。中国では日本が経験したと同様の大衆消費ブームが発生する素地が十分整っているといえよう。日本の場合は、74年以降、オイルショックなどを背景に景気拡大ピッチが低下したことで海外旅行者数の増加率が落ち込んだが、現在は原油価格の高騰が続いてはいるものの現時点では危機に陥るほどの状況は想定されていない。加えて、日本が73年以降変動相場制へ移行したことに伴い通貨高が進み、購買力が向上したように、中国でも今後更なる人民元の増価が進展し同様の効果が期待できる。こうした点からも中国の海外旅行ブームは今後も継続する可能性が高いといえよう。


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