確定拠出年金制度改正期を迎えて

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2006年08月11日

  • 柏崎 重人
確定拠出年金制度(以下DC制度)が実質的にスタートしてから5年半が経過した。直近の厚労省の発表(企業型年金)によると、実施企業数7,092社、加入者数は193.8万人を数えるに至っている。資産残高も毎年倍倍ゲームで増加、この3月に2兆円を超えて、5年程度先には10兆円の大台達成が視野に入ってきた。ようやくDC制度が日本の年金体系の中で存在感を示せるようになったと言えるだろう。しかし、現状のDC制度にはまだまだ改善すべき課題が少なからずある。特に税制をはじめとして多くの制度面での不備がDC制度の適切な普及を妨げていると言われている。この5年余の間に制度の微修正は何回か行われてきたが、いまだ不十分な感は否めない。

一方、本年は確定拠出年金法に謳われている「施行から5年を目処とした制度の見直し」として大幅な制度改正を控える特別な時期にあたる。既に6月以降、日本経団連、信託協会、企業年金連合会、ACCJ(米国商工会議所)など各種団体から税制改正要望が出ているが、今後年末にかけて本格的な制度改正・改善へ向けた議論が活発化しよう。

各種団体からの税制改正要望や関係者の話を整理すると、改正要望項目で主なものには、(1)マッチング拠出(企業型における従業員拠出、個人型における企業拠出)の解禁、(2)拠出限度額の引き上げ、(3)中途・早期引出し要件の大幅緩和、(4)主婦・公務員など加入適用者の拡大、(5)特別法人税の完全撤廃などがある。これらは制度普及に向けて全て重要な項目ばかりだが、DC制度の利便性向上やその実現可能性を考慮すれば、特に「(1)マッチング拠出の解禁」に注目したい。

日本でマッチング拠出を解禁するということは、企業型年金で従業員拠出を認めることを意味するが、そもそも日本のDC制度が範を採ったといわれる米国§401(k)プランでは、主たる拠出掛金が従業員拠出となっている。これは選択拠出と呼ばれ、従業員自身がプランへの拠出を行うか、その時点の所得として受け取るかを選択する「プランへの拠出=加入の選択」という形をとる。§401(k)プランへの加入自体が、あくまで自分自身の意思をベースに年金資産を積み立てる、自助努力、自立意識が醸成され易い建て付けになっている(マッチング拠出は、加入を選択した者に拠出の一定割合を企業が付加するもので、いわば奨励金として利用されるわけである)。翻って日本のDC制度は、拠出するのはあくまで企業であって、従業員が自ら考え行動する自助努力型の制度となっていないという批判が少なくない。資産運用に関しても、加入者が自ら考え投資対象を選択する意味合いが薄く、受動的な行動を招きがちになり、結果的に安全だがリターンがほとんどないような預貯金などの元本確保商品への資金滞留に繋がっていると指摘される。

DC制度にマッチング拠出が認められると、自身が給与の中から一部を税制優遇付き金融商品へ投資することを真剣に考える余地を与えることになる。例えば、一般に従業員が若年の時代に企業が拠出する掛け金水準は低いが、そこに自らの意思で追加拠出が可能になるとその効果を考え積極的な資産運用行動に起こすことが期待される。無論、制度外での貯蓄・金融行動の変化に繋がる可能性もある。例えば、事実上税制優遇付き貯蓄となっている年金保険や財形年金と比較考量の上で、投資信託等への投資を真剣に考える絶好のきっかけにもなるだろう。

この他、マッチング拠出が認められると、その後DCに係る他の制度改正を促す可能性も指摘できる。例えば、50歳以上など一定年齢に達しているにもかかわらずDC積立資産水準の低い者に、自らの追加拠出を認めて資産積上を奨励する措置や、出産・育児等のために離職した女性が、就業時代に積み立てたDC資産に対して拠出を継続できるようにする措置、も認め易くもなるだろう。後者は主婦(第3号被保険者)のDC加入への道を拓く可能性を想起させる。

なお、マッチング拠出の解禁は、被用者年金一元化の方向性が決まったことで実現性に期待が持てることも付言しておく。廃止が決定した共済年金の職域加算部分の代替措置としてDC制度が有力な選択肢となっているからだ。職域加算部分は、これまで労使折半の掛金拠出で賄われていたわけで、その代替措置も職員からの拠出を認めざるを得ないのではないか。マッチング拠出の解禁はDC制度の公務員への適用拡大との随伴性を高く持つ措置と考えられる。

このように敷衍して考えていくと、結果的に完全なポータビリティ、退職年齢前の拠出中断の排除などが確立され、DC制度は加入者つまり日本国民にとって自由で且つ計画的な年金資産積立が容易な魅力的な制度としての色合いを深めていく。マッチング拠出の解禁は、今後DC制度の利便性を格段に向上させていく上で大変重要な意味を持つ、言ってみれば「年金制度にとって本当の意味でのパラダイム転換」を促す契機になるだろう。

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