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「スペシャリスト育成」と「真のゼネラリスト」

2006年04月25日

栗田 学

新年度に入って最初の給与が支給された企業が多いことだろう。今年は春闘が14年ぶりに復活した。年俸制、成果主義、在宅勤務など、バブル崩壊から現在に至る期間は、各社の人事・処遇制度に大きな転換を迫った期間とも位置付けられる。

20世紀半ばの日本復興期において、企業は事業を行うための「人材」ではなく、まず「人手」が必要だった。企業を支えるスキルの習得は、入社後の広範囲の実務を通して行われた。「人事ローテーション」という言葉がある。これは多くの異なる分野の業務を経験させることによって、遂行できる業務の幅を広げていくことが、企業にとって有効であるという思想に基づいている。この思想は、日本のゼネラリスト中心のキャリアパス形成に深く関わってきた。

しかし、急激な技術進歩による経営環境の変化は、労働者に業務知識の質的量的拡大を迫ってきた。これが一人の人材の蓄積できる限界量を超えると、企業は人員を増やし、かつ「営業畑」「技術畑」「管理畑」などという言葉に代表されるように、少しずつ、経験させる業務の範囲を狭めてきた。その結果、それぞれの人材が独自のキャリアパスを歩む傾向が強まった。企業に多くのスペシャリストが共存しているのは、こうした時代の流れに起因する当然の帰結である。

いつの頃からかゼネラリストという言葉には、幅広い業務経験を持つものの、であるがゆえに専門性に乏しい人材であるというネガティブな響きが加わった。一方、スペシャリストは「専門バカ」などと言われつつも、確固たる地位を築いたように見える。

昨今、企業、行政を問わず、人材育成の各種プロジェクトを見ると、「専門家」「スペシャリスト」などという言葉が必ずといってよいほど目につく。ただし、スペシャリストを多く抱えることは、組織内における労働の流動化を妨げる側面がある。これは組織やノウハウの硬直につながり、事業環境変化への対応力にも悪影響を及ぼす。これを回避するには、一人の人材が持つスペシャリティを増やす以外にない。

I字型人材がT字型になり、さらにスペシャリティを付加するとΠ字型になる。これを重ねていくことは何を意味するか。半世紀前のゼネラリスト作りと何ら変わらない。これをスーパーゼネラリストなどと表現し、待望する向きもあるが、意味合いとしては「真のゼネラリスト」といったところか。「スペシャリスト育成」の掛け声の下、組織が本当に育成したいのは「真のゼネラリスト」かも知れない。

しかしながら、複数のスペシャリストと事業とをコーディネートし、組織全体として生産性を極限まで高めるスペシャリティが、どれほどの脚光を浴びてきたか。人材育成はキリがなく、その一方で、一人ができることの限界は厳然と存在する。

個々の人材が多くのスペシャリティを持つことは必要である。ただ、組織を最大限機能させるスペシャリティを忘れるべきではない。

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