江戸時代から考える企業価値
2006年02月21日
司馬遼太郎氏の「街道をゆく」によれば、津軽地方は古より豊穣なる土地であった。山野は木の実が豊かで、走獣が多く、渚では魚介が獲れる。川では、季節になると、サケやマスが勝手にのぼって来る。地球上でこれほど恵まれた土地は少なく、自然、そこに居住する人々の栄養状態は、すこぶる良かった。
だが、太閤秀吉の時代を経て江戸の幕藩体制に入ると、この状況は暗転する。参勤交代など、藩の経費の大部分が、大坂市場におけるコメの現金収入で賄われるため、石高(コメの収穫量の多寡)が、藩格(藩の価値)を測定する基準となった。石高が上がれば藩格は上がるが、幕府より更に大きな出費を求められるという悪循環を生んでしまう。
津軽藩は、農民に新田開発とコメ作を強い、コメに偏執し、江戸中期までに、4万5千石から30万石にまで、その「価値」を高めた。だが、“やませ”と呼ばれる悪風のため、頻繁に稲がやられ、平均5年に1度の“けかち”(土地の方言で飢饉のこと)が襲い、人々の生活は過酷を極めた。旧来の価値の源泉(走獣や魚介、或いは林業など)を引き続き活かし、コメ作は必要最低限の範囲とし、そこそこの藩格にとどまる道を選んでいたなら、かような惨劇は起こらなかったであろう。
良くも悪くも企業価値が騒がれる時代となった。しかし、その企業価値を、我々は常日頃どのように判断しているのだろうか?日々目まぐるしく現れては消える財務数値に翻弄され、企業が内包する価値の源泉にまで、いかほどスポットライトを照射しているだろうか?
コンサルティング現場でのエピソード。ある企業の幹部にインタビューをすると、「自分たちはいかにお客様の喜びを目指しながら日々工夫しているか」ということを、熱っぽく、子供のように天真爛漫にご説明された。そこで、「では、利益率を上げるにはどうすればいいでしょうか?」という野暮な質問を投げてみると、返ってきた答えは、「自分たちは、これまで、お客様のお陰でいい思いをさせてもらってきました。次はお客様に還元する番です。原価をもっと上げて(サービス内容を高めて)、お客様に喜んでもらいたいのです。多少利益が下がっても構いません。」というものだった。
この答えに対しては、肯定の意味を込めた沈黙で返答するしかなかったのを覚えている。短期的に企業価値を高めることが使命の経営コンサルタントとしては失格かもしれないが、会社全体のパッションが一定の方向に向かい、それがうまく循環していると認められる以上、その部分を下手にいじってはならない。この会社にとっては、顧客満足の飽くなき追求が、価値創出の唯一最大の源泉であり、生きがいの全てであり、我々にそれを毀損する権限はないと思ったからだ。同社は、地味ながら、今でも着実に成長を遂げているようだ。
短期的かつコンスタントに収益を向上させ、株式市場に報いるべき企業は、たしかに数多く存在する。一方で、企業の中にある潜在力を堂々と世の中に宣言し、中長期的な付き合いを投資家に求める勇気がもっとあってもよいのではないか。株式市場全体が迷妄と狂奔に満ちている昨今だからこそ、いま一度こだわるべき、オーソドックスなテーマであろう。
山や海にある宝を見過ごし、”けかち“の犠牲者を増やしてはならない。
注:本稿は、『街道をゆく 北のまほろば』(司馬遼太郎著、朝日新聞社刊)を参考にした。
だが、太閤秀吉の時代を経て江戸の幕藩体制に入ると、この状況は暗転する。参勤交代など、藩の経費の大部分が、大坂市場におけるコメの現金収入で賄われるため、石高(コメの収穫量の多寡)が、藩格(藩の価値)を測定する基準となった。石高が上がれば藩格は上がるが、幕府より更に大きな出費を求められるという悪循環を生んでしまう。
津軽藩は、農民に新田開発とコメ作を強い、コメに偏執し、江戸中期までに、4万5千石から30万石にまで、その「価値」を高めた。だが、“やませ”と呼ばれる悪風のため、頻繁に稲がやられ、平均5年に1度の“けかち”(土地の方言で飢饉のこと)が襲い、人々の生活は過酷を極めた。旧来の価値の源泉(走獣や魚介、或いは林業など)を引き続き活かし、コメ作は必要最低限の範囲とし、そこそこの藩格にとどまる道を選んでいたなら、かような惨劇は起こらなかったであろう。
良くも悪くも企業価値が騒がれる時代となった。しかし、その企業価値を、我々は常日頃どのように判断しているのだろうか?日々目まぐるしく現れては消える財務数値に翻弄され、企業が内包する価値の源泉にまで、いかほどスポットライトを照射しているだろうか?
コンサルティング現場でのエピソード。ある企業の幹部にインタビューをすると、「自分たちはいかにお客様の喜びを目指しながら日々工夫しているか」ということを、熱っぽく、子供のように天真爛漫にご説明された。そこで、「では、利益率を上げるにはどうすればいいでしょうか?」という野暮な質問を投げてみると、返ってきた答えは、「自分たちは、これまで、お客様のお陰でいい思いをさせてもらってきました。次はお客様に還元する番です。原価をもっと上げて(サービス内容を高めて)、お客様に喜んでもらいたいのです。多少利益が下がっても構いません。」というものだった。
この答えに対しては、肯定の意味を込めた沈黙で返答するしかなかったのを覚えている。短期的に企業価値を高めることが使命の経営コンサルタントとしては失格かもしれないが、会社全体のパッションが一定の方向に向かい、それがうまく循環していると認められる以上、その部分を下手にいじってはならない。この会社にとっては、顧客満足の飽くなき追求が、価値創出の唯一最大の源泉であり、生きがいの全てであり、我々にそれを毀損する権限はないと思ったからだ。同社は、地味ながら、今でも着実に成長を遂げているようだ。
短期的かつコンスタントに収益を向上させ、株式市場に報いるべき企業は、たしかに数多く存在する。一方で、企業の中にある潜在力を堂々と世の中に宣言し、中長期的な付き合いを投資家に求める勇気がもっとあってもよいのではないか。株式市場全体が迷妄と狂奔に満ちている昨今だからこそ、いま一度こだわるべき、オーソドックスなテーマであろう。
山や海にある宝を見過ごし、”けかち“の犠牲者を増やしてはならない。
注:本稿は、『街道をゆく 北のまほろば』(司馬遼太郎著、朝日新聞社刊)を参考にした。
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