ライブドア事件に思うこと

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2006年02月01日

  • 清田 瞭

2006年も好調な滑り出しをみせた株式市場は、ライブドア事件によって一時的に足踏みを余儀なくされたが、わが国の基本的な景気回復の方向性は変わらないという見方から、どうやら一過性のショックで収まりそうである。この事件の今後の展開とその影響については、予断を許さないが、日本経済のデフレ収束と不良債権処理の進展による金融不安の後退、さらに堅調な設備投資や個人消費の回復などによって、わが国の景気は力強い拡大を続けており、東証マザーズ上場の新興企業1社の不祥事程度では景気自体はあまり大きな影響は受けないということであろう。しかしながら、今回の事件によってピーク時8,000億円近い時価総額を有した企業が上場廃止になる可能性が高まり、22万人もの個人投資家が大きな痛手を受けていることや、同事件によって証券市場および東京証券取引所に対する不信感が広がったこと、小泉自民党の衆議院選挙後の勢いにかげりが見え始めたことなど、社会にもたらしている影響は甚大である。この事件を契機としてあらためて証券市場のあるべき姿を考えてみたいと思う。

まず、ライブドア及びグループ会社が実施した株式分割であるがこの行為自体は決して違法ではない。株式分割と偽計取引や風説の流布とは本来無関係であり、むしろ同社がそれらを一連の手法として関係づけてしまったことに問題があると認識すべきである。1年で1万倍、上場以来で3万倍もの分割を可能にする制度自体に欠陥があるというべきであろう。

平成13年の商法改正において、一株当たり純資産基準の廃止や株式の額面の廃止など大幅な規制の緩和により使いやすくなった株式分割制度であるが、この商法改正の趣旨は、1999年10月よりスタートした株式委託手数料の完全自由化とインターネット証券会社による手数料切り下げ競争による株式市場へのアクセスコストの大幅な低下とも相俟って、それまでいくら掛け声をかけても実現しなかった個人金融資産の証券市場への誘導を法制度面から支援することにあった。資本主義市場経済を国の基本に置き、貯蓄から投資へ、そして間接金融から直接金融へ、という動きをより確かなものにするために株式投資を小額で行えるようにして零細な個人投資家も含めて広く資本市場への参加者を募ろうとするものである。これによって厚みのある資本市場を構築し、市場原理に基づく効率的な経済構造を作り上げ、失われた10年といわれたデフレ経済からの脱却を支援しようとしたのである。今回、ライブドアがこの法の趣旨を無視して偽計取引や風説の流布による不正取引や粉飾決算に悪用したことは許されない犯罪行為であるとしても、だからこの法の趣旨が間違っていると言うわけではない。むしろ、法の趣旨に照らしていかに現実の市場参加者の行動を監視していくかという実務上の運用が最も重要なのである。

実際、この「貯蓄から投資へ」の動きを見てみると、ゼロ金利政策やペイオフの解禁などの要因も重なり、明らかに大きなうねりが起きつつある。2005年12月15日に日銀が発表した同年9月末の資金循環統計(速報)をみると、家計の金融資産残高は、前年同期比3.3%増の1,453兆7,000億円となって過去最高となり、その中で「株式および出資金」が142兆円で全体の9.8%、投資信託45兆円 3.1%、外債7兆円 0.50%と合わせ、194兆円の13.3%に達している。これは直近の株高と個人所得の伸びを反映して安全資産からリスク資産への動きがいよいよ本格化してきたことを示しているものと思われる。

かかる環境下で、今回の事件が起きたことを大変、残念に思う。仮に報道が事実であれば、ライブドアの粉飾決算の責任は経営トップにあり、その責任は重く、けっして免れることは出来ない。ライブドアにおける企業倫理の欠如は経営者自身の法令順守意識の無さに原因があるといわざるを得ない。しかも今回は、法令に明文規定のないグレーな取引を行って失敗したというよりも、明白に違法な取引を意図的に行ったと見られているだけに問題の根は深い。

折しも、平成18年度の成立を目指して「投資サービス法(仮称)」の検討が進んでいる。複雑化した金融商品に対応するため、従来の縦割りではなく包括的・横断的規制をかけ、適正な利用者保護を目指す。今回の「投資サービス法」には、特定投資家(プロ)と一般投資家(アマ)との区分の明確化が盛り込まれているように例えば、株式市場には資産額、習熟度などが異なる投資家が参加している。そして、その誰もが同じルールで、同じ市場で取引し、投資の成功を保証されない。すべて自己責任の原則に基づいている。それだけに、だれもが安心して取引出来る市場をつくることが絶対要件となる。そのためにはすべての市場参加者が平等に情報にアクセスできることが求められ、上場企業はすべての必要な情報の適時適切な開示を義務付けられることになる。そこでは不公正な手段による特定の参加者のみが利益を上げることは許されないし、リスクを負うもののみがリターンを得られるような仕組みとしなければならない。せっかく参加してきた個人のお金の流れを止めないためにも、市場仲介者、市場開設者、監督当局などがそれぞれの立場で信頼できる証券市場を確立するための努力を求められている。市場仲介者は市場への新規参入者への市場ルールについての啓蒙という重要な役割が求められ、市場開設者は市場参入ルールの適切な設定と運営による上場企業の選別という役割が求められる。

また、市場監視者たる証券取引所や金融庁および証券取引等監視委員会の果たす役割も重要である。第一に市場ルールを分りやすくして抜け穴をなくすこと。第二にルール違反を見逃さない厳格な監視の仕組みを作ること。これは、見つからなければ何をやってもいいというモラルハザードをなくすためにも絶対条件となろう。第三にルールを守れば市場での行動は原則自由とすること、などである。こうしたポイントを満たす市場監視の仕組みが公正公明な市場主義経済の発展に不可欠なのである。関係者の一段の尽力を期待したい。

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