グリーンスパン議長の占い

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2006年01月30日

2004年夏に起きたプロ野球球団の買収騒動から昨年9月の総選挙まで、約1年間にわたり、お茶の間の目を引きつけて来た人物が、特捜の強制捜査からわずか1週間で逮捕されてしまった。同じ年齢の者としては、尊敬はせずとも、業界からメディアそして政治家まで巻き込んだ行動力に驚嘆したものである。今回の場合、虚偽公表あるいは粉飾決算等が取り沙汰されているが、業務上、公表数字の変更は日常茶飯事である。

例えば、2000年の企業収益(税引前・在庫品資本減耗未調整)を当初9256億ドルと公表していたが、現在は7734億ドルと約16%も下方修正されている。また、情報関連投資として2004年には4842億ドルを支出したと発表したものの、約半年後には4470億ドルだったと訂正している。特に、コンピュータ投資に関しては20%近く水増ししていたことを認めたのである。言わずもがな、これらは米国の商務省経済分析局(BEA)が発表した米国経済の数字である。米国ではGDP統計が発表されない月はないといってよい。追加された基礎データをもとに改訂されていくわけである。BEA自身が、名目GDP成長率(前期比年率)なら速報から最終値に至る段階で-2.2~+3.4%ポイント、実質GDP成長率なら-2.5~+3.3%ポイントの範囲で修正され得ると明らかにしている(いずれも90%の確率)。

足もとでは、家計部門の貯蓄率が半年にわたりマイナスである。これは可処分所得以上の消費活動をしている状態(過剰消費)を示しており、住宅価格の調整等と絡めて、米国経済のエンジンである消費の行方を不安視するようなストーリーができる。実際、サンフランシスコ連銀からは、今後貯蓄率が上昇しない場合の副作用を指摘するレポートが発表されている。至極最もな議論であるが、過剰消費が懸念されたのは初めてではない。実は、約5年前にも貯蓄率がマイナスの状態が約1年間続いたことがあった(2000年7月~2001年5月)。しかし、それを今確認することはできない。なぜならば、統計が修正されたからだ。5月分が発表された翌月、GDP年次改訂に伴って貯蓄率は平均1.7%ポイント引き上げられ、プラス圏になってしまったのである。

このような修正は経済統計の宿命であると認識しているが、地道に数字を計算・予想し分析する作業に空しさを覚えた経験は否定できない。この点、金利や株価は過去に遡って変わることはないと思っていたが、冒頭のような事件が起きると、数字は罪なことをすると思う次第である。某有名占い師が「2006年、新しいビジネスが全てうまくいく」と彼に予言したとされるが(英紙TIMES ONLINEより)、さすがの占い師も粉飾までは見抜けなかったのだろう。

折しも、米国のグリーンスパンFRB議長が1月末で退任する。就任直後のブラックマンデーを乗り切り、90年代の好景気を支えた功労者として、市場の信任が厚い。景気の現状を的確に把握し先行きを見通してきたからだが、どのようにしてグリーンスパン議長はそれを実行してきたのだろうか。まさか水晶やタロットを使ったり、占星術に長じたわけではないだろう。グリーンスパン議長が、既存の生産性統計の計測に誤りがあり、実際には生産性が向上していると指摘した話は有名である(参照:B.Woodward著「MAESTRO」第11章)。報道によれば、グリーンスパン議長は退任後、コンサルティング会社設立や講演・執筆活動を行なうとみられる。ただ、影響力の大きさを考えると、彼の自由な発言は、バーナンキ次期FRB議長やFOMCメンバーにとってはいい迷惑になるかもしれない。個人的には、グリーンスパン議長に、米国経済を正しく分析するためのハウツー物を書いて欲しい。

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近藤 智也
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政策調査部

政策調査部長 近藤 智也