年金・退職金マネーフロー変化とリスクキャピタル供給

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2005年08月03日

  • 柏崎 重人

6月末から7月初にかけて、各公的年金制度の最新の収支状況が報告された。各制度とも積立金の運用評価益を加味した時価ベースで収支の黒字を確保、財政状況は改善傾向が鮮明と喧伝されている。一方、上場企業の2004年度決算からも企業年金に係る会計面の財務状況改善が確認できる。(1)代行返上の実施、給付削減、確定拠出年金への移行などによる退職給付債務の削減、(2)運用パフォーマンスの回復による年金資産の増加など複数の要因によってもたらされたものである。どちらも株式市場の回復が大きく影響しており一時的かもしれないが、これはこれで喜ばしいことと捉えられなくもない。

しかし、株式等への投資主体としての年金という側面を考えると、大きな問題を抱えていることを改めて認識せざるを得ない。現在、公的年金(厚生・国民年金=年金資金運用基金、共済年金)、企業年金は委託運用機関を通じて株式・債券などの市場運用を実施している。国内株式に関して言えば、90年代後半以降これら年金合計で年間1~2兆円を継続的に国内株式に投じており、株式市場における有力な資金供給主体となってきた。ただ、これら年金制度では、少子高齢化の進展等から収入保険料・掛金が低下する一方で、年金給付が毎年趨勢的な増加傾向を見せている。

公的年金について言えば、各制度とも運用収入を除く実質的な収支尻は既に赤字状況(代行返上資産返還等の特殊要因も考慮)を余儀なくされている。発表されている財政見通しからも運用収入を除く収支尻は今後も赤字状況の継続が確実だ。企業年金は足元でかろうじて全体の収支が黒字を確保しているものの、ここ数年間で給付が急増、運用収入を除く収支尻は早晩赤字に転落する見込みである。また、財務変動リスクを低下させるため資産運用リスクを抑制しようとする傾向(株式⇒債券シフト、絶対リターン重視の代替投資拡大)も見られる。

つまり、今後全体として伝統的な年金が新たに市場運用に投入するネット資金は限定され、株式市場等における投資主体としてのプレゼンスは限界に近づいている。それどころか給付増加が進むことで、今後は市場の需給関係にネガティブな影響を与えかねない存在へと変貌する。人口問題を抱える日本にとって中長期的にマクロ経済の安定成長を支えるには、不断の技術革新によって企業が高付加価値の製品・サービスを産み出し続ける点が極めて重要だ。それだけに、企業活動を支える継続的なリスクキャピタルの供給は日本経済にとって正に死活問題と言うべきで、伝統的な年金がその役割を大きく低下させるのであれば、積極的に代わりの資金供給主体を模索するほかない。

外国人投資家がその一翼を担うことに異論はないが(また外国人のプレゼンスが高まって久しいが)、過度に海外資金供給に依存することは、マクロ経済環境の変動を大きく高めてしまうなど問題が少なくないだろうか。また、金融機関や事業会社にに関しても、株式の持ち合い解消をはじめとするここ10年程度のトレンドを考えれば、多くは期待できないとするのが妥当ではないか(必ずしもそうとは言い切れない面もあるが)。すなわち、消去法的だが個人を主体とした家計部門にリスクキャピタル供給の主役を演じてもらうことが極めて重要なのだ。

この株式投資等のリスクキャピタル供給を家計部門が担う構造への変化についても、例えば次のように年金・退職給付が大きな鍵を握っている。第一は、確定拠出年金制度の普及とそれが個人金融資産に与える影響だ。既に企業では伝統的な確定給付型制度を確定拠出型の制度へシフトさせる動きが見られるが、この傾向が順調に進み、さらに個人金融資産に対して好影響をもたらすことが期待される。特に、適切な投資教育を通じてリスクキャピタルの供給に対する意識を高められるかどうかが重要となるだろう。確定拠出年金は順調に普及しているが、未だ税制等の壁があり企業で十分に確定拠出年金を活用できる環境が整っているとは言い難い。拠出限度額の引上げや緊急時における資産の中途引き出し解禁など制度面で整備すべき課題は多く、また、足元の確定拠出年金の資産は必ずしも長期的な年金資産形成に相応しい資産配分が行われているとは言い難い。実際、資産残高のうち預貯金・保険など安全性の高い資産シェアが過半を占め、投資信託などの比率は3割程度の状況だ。これは加入者の合理的な資産選択の結果という考え方も否定できないが、リスクキャピタルの供給という役割を十分に果たしていないことは明らかだ。今後、金融サービスの向上や適切かつ継続的な投資教育を後押しするような政策発動など、官民上げてリスクキャピタル供給のチャンネル確保を優先する姿勢が望まれよう。

第二は、2006年後期に開始されるいわゆる「団塊の世代」の退職に伴う退職給付資産の行方に係る。2007~2011年には官民合わせて毎年100万人にのぼる定年退職者が退職一時金を受け取る。その総額は約65兆円にのぼると推計され、2002~2006年の5割増の水準だ。受け取る退職金額が大きいということは、それなりにリスクキャピタル供給への期待も大きくならざるを得ない。「団塊の世代」の退職によって、個人金融資産にその大きな役割を担ってもらう大きな契機が訪れるという訳だ。

おりしも企業の株主に対する姿勢に変化の兆しが見え、投信窓販解禁以来の規制緩和やペイオフの解禁、金融所得一体課税の検討など制度的な環境も整いつつある。やや誇張になるが、将来的な日本経済の運命は「団塊の世代」退職マネーがリスクキャピタルとしてスムーズに供給される仕組みに組替えられるか、その点にかかっていると言ってもよいのではないか。残された時間は少ないと言わざるを得ない。

 

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