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日米の大学院における「ファイナンス」講義の相違

2005年05月25日

鈴木 誠

経済学から「ファイナンス」という新たな学問体系が米国を中心に育まれてきた。正統派の経済学から見ると、これまでは新参者のような扱いであったがモダン投資理論の父と言われるハリー・マーコウィッツ博士やCAPM(資本市場資産価格モデル)を築いたウイリアム・シャープ博士のノーベル経済学賞受賞を転機として、一つの学問領域として正式に認知されたように感じられる。

さて、本日のテーマは大学院におけるこのファイナンスの講義に日米でどういった相違が見られるか?というものである。

わが国において、ビジネススクールの歴史は始まったばかりである。ただし、始まったとはいってもこれまでファイナンスの研究や講義は経済学部や経営学部において過去から行なわれてきた。一般に講義の内容は、いわゆる配当割引モデルの説明、利子率の説明に始まり、ポートフォリオ選択や資産評価理論としてCAPM(前述)やAPT(裁定価格理論)、そして派生証券価格理論であるオプション価格理論、さらに、最適な資本構成の理論などを満遍なく学ぶこととされ、ほぼテーマ毎のウエイトは均一に保たれているようである。

一方、ある米国のIVYリーグのビジネススクールの大学院におけるファイナンスの授業構成は、全体の約4割が配当割引モデルと資本構成の理論と応用を中心に時間が配分されている。特に、ファイナンスだけでなく、会計学との連携が重視されており、決算報告書をベースにしたケーススタディーにより、ビジネスの評価や子会社の評価を行なうことが求められている。しかも、米国では当然のことではあるが、キャッシュフローを中心として計算は行なわれている。

こうした時間配分の相違は、その教育の目指す方向性の相違に由来していると考えられる。わが国の場合には、いわば広い知識の上に立って学究の道にも、実務にも有用でそして汎用性に富んでいる。一方、米国のそれは、より実務に近く、将来職務上に遭遇すると考えられる問題に特化し、擬似的にトレーニングする場であるようだ。こうしたプラグマティックな教育こそ、教育と実務の距離を縮小し、そして、教育の場がつねに実務者を創造する場となる原理であると見られる。それは、教育カリキュラムが博士課程と修士課程(いわゆるMBAコース)とを全く分離して設置しているから可能なことなのかも知れない。

私の個人的な印象からすれば、こんにちの日米のファイナンス教育を足して2で割ると一番良いように感じている。

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