改刷と現金需要 -焦点は金融不安から財政破綻懸念へ-

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2004年10月28日

  • 児玉 卓
11月1日から日本銀行券の新券の発行(改刷)が始まる。平時であればこれは大きな事件ではない。しかし現在、戦後行われた新円切り替えの恐怖が静かに燻り続けている。一方で、90年代後半以降につみあがってきた現金が、今では名目GDPの14%に達している(80年代から90年代半ばまでは6~7%)。こうした中、改刷が現金の流れを変える一つのきっかけとなる可能性がある。

現金が急増した背景として真っ先に挙げられることの多いのが、銀行経営に対する不安が生んだタンス預金需要である。いわば慢性的な取り付けが銀行部門を襲っていたという解釈である。また、超低金利が長期化する中で定期預金などの名目収益率が現金のそれと無差別になったことも、預金の取り崩しを後押ししただろう。

以上の二点が、現金増加の主因であったとすれば、状況は徐々にではあるが変わりつつある。金利の上昇はかなり先のこととなりそうであるが、信用不安は収束に向かっている。そして現金もストックである以上、製造業の在庫や資本設備同様に、経済規模と無関係に増えつづけることは考え難く、いずれストック調整局面を迎えると見るのが妥当である。

そして改刷は、旧札を大量に抱え込んでいる少なからぬ家計に、その対処を促すきっかけとなるだろう。一つには価値保蔵の手段として、旧札は余り適当な資産とはみなされないだろう。日銀が説明するように、旧札の通用性は維持されるが、こうした制度に関して、世の誤解を払拭するのは殆ど不可能である。そもそも近年の日銀券の急増自体、預金の全額保護という特例の下で起こった、やや腑に落ち難い現象なのである。また、旧札の通用性についての日銀の説明を承知した上で、将来的な疑念を払拭できず、その処分を急ぐ家計も少なくないかもしれない。その際、旧札を新札に変えるだけであれば現金残高は不変であるが、これを機に預金なり他の金融資産の購入に当てる家計も少なくないだろう。

以上は「普通の」家計についてであるが、近年の現金急増には、アングラ的な要素が少なからず影響している可能性がある。アングラ的な現金需要には様々な形態があり、例えば、地下銀行を経由して海外へ不正送金された現金の多くは、二度と国内の銀行部門に還流することはないかもしれない。一方、盗難にせよ、税金逃れ、不正蓄財にせよ、国内に留まるアングラ現金の保有者が、旧札を価値保蔵手段としつづけることに躊躇を覚えるのは一般家計と同じだろう。しかし、彼らにとっての現金の価値は、何よりもその無記名性にあるから、預金や他の金融資産へ転換されることはまず考えられない。小口に分散された上で新札と交換されるか、或いは消費が促される可能性がある。後者の場合、支払われた現金は販売者を経由して銀行部門に還流する(現金が減る)。

いずれにせよ、改刷を機に流通現金が減少する可能性は高く、現在の残高がこれまでになく莫大であるため、減少のマグニチュードが増幅することも考えられる。そのときまず問題となるのは金融政策である。日銀は量的緩和政策の一環として行っている国債買い入れに関し、その保有残高を日銀券の発行額の範囲内に留めることを自らに課しているが、現金が大幅に減少すれば、現行ペースでの国債購入は困難になる。

より重要なのは国民の財政への認識が、今後の現金の動きに如何に反映されるかである。銀行の経営不安とは異なり、財政破綻への不安感はよりドラスティックな資金移動を引き起こす可能性がある。勿論、これは破綻のあり方によるが、資産課税、預金封鎖等の実質的なデフォルトによって、文字通りのデフォルト(債務不履行)の回避が目指されるとすれば、現金、国債、預金などすべての金融資産が再評価の対象となるだろう。このとき、当然預金の現金化は全く救いにはならず、価値の下落を避け得るものは実物資産と金、或いは外貨の現金などに限られる。こうした事態を睨んだ動きが強まれば、アングラも含めて、直接・間接に多くの現金は一旦銀行部門に還流することになる。

実際、中長期的に見て財政のサステナビリティは危機に瀕している。今回の改刷を直接新円切り替えや預金封鎖に結び付けて考える必要はなさそうであるが、財政問題の抜本対策の先送りが続くのであれば、破綻睨みのカネの動きが活発化する可能性は高い。それは旧札、新札を問わず現金残高を減らすものと考えられ、今後とも現金の動きには注意が必要である。

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