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人手不足という中国経済の光明

2004年08月31日

金融調査部 金融調査部長 児玉 卓

高成長を続ける中国の一部地域、産業、職種が人手不足に直面しているとの声が聞かれ始めている。マクロ統計の含意に限界がある中国の場合、こうした個別の事象が、意外に大きな意味を持つことがありえる。

いうまでもなく、労働供給が枯渇すれば成長は止まる。「一人っ子政策」により、出生率が所得増加等の帰結としてではなく、人為的に急落している中国にとって、労働供給制約と高齢化は長期的には無視できない問題となろう。しかし、昨今聞こえる「人手不足」の質はそれとは全く異なったものであり、むしろ本格的な高度成長の幕開けを意味するものであるかもしれない。

成長限界説であればともかく、中国経済の拡大がこれから本格化というのは奇異に聞こえるだろうか。何しろ、政府発表による過去20年間の実質GDPの増加率は年率9.7%と驚異的なものであり、この間一人当りGDPは5倍に膨らんだ。経験的にいえば、確かに持続性が疑われる「奇跡」といってよい。

しかし5倍となった一人当りGDPも、その名目水準でみれば03年で漸く9000元(約1100ドル)を超えたに留まっている。中国は長い非市場経済体制のもとで、その成長ポテンシャルが圧殺されていたのであり、高成長の発射台における経済活動・所得水準が無残に低かったことは改めて想起されるべきであろう。また高度成長が限界に達するのは、多くの場合供給サイドに超えがたいボトルネックが発生するからである。そのボトルネックが顕在化する経済活動水準と現在との乖離が高度成長の余力を基礎付けるが、いうまでもなくその乖離は時、所により様々なはずであり、日本などの先行例から、成長持続性を疑問視するのは不適切であるかもしれない。では何故、「人手不足」が成長本格化の契機となるのか。人手不足は、典型的なボトルネック発生の兆候ではないのか。

そのヒントは過去10年余りの中国経済の経験にある。周知のことだが、沿海地域の産業発展を労働力の面から支えてきたのは、内陸・農村からの出稼ぎ労働者である。マクロ的には低生産性部門(農業等)から高生産性部門(製造業等)への労働力シフトが供給面から経済成長の原動力となってきた。中国の労働供給の潜在余力は、この構図の持続性から測られるべきであり、一人っ子政策の影響(労働力人口の絶対数)が問題となるのはまだまだ先である。

仮に最近の「人手不足」が農村の労働供給の枯渇を映じているのであれば問題は深刻であるが、それはまず考えられない。何より、中国の農業には呆れるほどの労働生産性上昇余地があるはずだからである。人手不足の内実は、労働供給の「増加ペース」が鈍化し、或いは一時的な景気の断面として局所的な労働需要の増加が発生しているといった辺りにあろう。中国の場合、都市住民と農村居住者を世襲的に分かつ戸籍制度が存在し、これが労働移動の単純な予測を困難にしているが、労働力の超えがたいボトルネックが発生している可能性は考慮の外に置いてよい。とはいえ、労働市場における極端な供給超過が緩和に向かっていることは十分に考えられ、これが高度成長本格化に論拠を与える。

振り返れば中国は高成長を続ける中で物価下落に見舞われるなど、異例のキャッチアップ国であり続けた。こうした異例さの背後にあったのが、先行国の常識をはるかに超えた労働供給の懐の深さであろう。即ち高成長とデフレの共存は、労働市場における大幅な超過供給が、実質賃金の目立った増加を伴わない生産性の大幅上昇を、特に製造業部門において可能としていたことの結果であろう。実質賃金の停滞は、消費拡大に限界を設けるだけではない。実質賃金を上回る生産性の上昇は企業の利益を増加させるが、販売数量の拡大を優先する企業は、その潜在利益を価格引き下げの原資とするだろう。そのような企業が熾烈に争う市場では、数量の拡大と値下がり(デフレ)が容易に両立する。

そして、最近聞かれる「人手不足」が、労働市場における供給超過の緩和を意味しているとすれば、今後実質賃金の上昇は加速する。その結果、企業は安易な価格引き下げは控えざるを得なくなる。或いは、価格引き下げは企業利益を直撃し、当該業界の新陳代謝を加速することになろう。賃金抑制に腐心する企業の存続も困難になる。賃金上昇は供給サイドの「質的」向上のきっかけにもなり得るのである。

実際、中国の成長は過度に投資依存型であり、明らかに成長パターンの修正を必要としていた。そして実質賃金の上昇こそが、投資の急減を回避し、成長持続を可能とする何よりの解に他ならない。企業にとっての一義的効果は賃金費用の増加であるが、それは労働需給の適正化の結果であるが故に、マクロ的には総需要・総供給のバランス回復を導き、これまで以上に腰の入った高度成長の契機となるのである。いうまでもなく、日本経済にとっての中国の重要性は高まりつづける。


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児玉 卓

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