交易条件は景気の結果、企業収益の原因にはあらず

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2004年03月23日

  • 児玉 卓
交易条件の悪化は企業収益の減少をもたらすという通念がある。交易条件とは、製造業の投入物価と産出物価との比率であり、前者の上昇ペースが後者のそれを上回った時、従って例えば、原材料価格が上昇する中で製品価格への転嫁が進まない時、交易条件は悪化する。それが企業の収益を減少させるというのは、なるほどいかにも分かりやすい理屈であり、仮に「他の条件が一定であれば」これが正しいことは自明である(理屈というより算数の問題)。ところが、「経済のメカニズム」として考えれば、この通念は正しくない。

現実のデータを振り返ってみよう。まず、交易条件には稼働率と反対方向に動くという経験則がある。また、設備投資は稼働率の変動に半年ほど遅れて動く。これも経験則である。更に、企業の収益やキャッシュフローも設備投資をうまく説明する。やはりラグは半年程度であり、従って、稼働率と企業収益・キャッシュフローの動きは、同時、同方向である。足元の状況に照らせば、設備投資は好調だが、その先行指標である稼働率とキャッシュフローにやや中だるみが見られる。そのため、ごく短期では設備投資の増勢も鈍化するのではないか、現在はそういった位置にある。

さて、交易条件に話を戻せば、ここまでの記述から明らかなように、その企業収益・キャッシュフローとの関係は同時、逆方向である。一見不可解だが、交易条件が悪化している時、企業収益は増加する。交易条件を3四半期ほどずらして図を描くと、企業収益と同方向の相関にあるように見えなくもない。これが前者を後者の先行指標とする見方を生んでいるのだろう。しかし、これはおかしな話で、例えば原油価格が上昇した時、その収益へのインパクトにラグは生じない。むしろ時間が経てば経つほど、産出価格への転嫁が進み、同時にその他コストの削減などが図られる結果、収益へのインパクトは逓減する。交易条件と収益との正しい関係は、やはりラグ付きの正の相関ではなく、同時的な逆相関だと考えるべきである。では何故逆相関なのか。答えは交易条件の悪化(好転)も収益の増加(減少)も、景気(上の文脈では稼働率)の拡大(後退)の結果だということである。

稼働率が上昇している時(景気が拡大している時)、多かれ少なかれ数量の増加が価格を引き上げる。そして需給により敏感なのは川下よりも川上の財であり、再び原油を例に採れば、企業の仕入れ価格は市況によって頻々と変わるが、ガソリン価格はより硬直的である。一般化すれば、企業物価は消費者物価(の財)よりもボラティリティが高い。

また、投入価格は企業の変動費と見なすことができるが、景気拡大期には投入の量が増え、述べたように価格も上がりやすい。一方、固定費はその名のとおり、量も価格も大きくは変わらない。そして産出(売上)の量当たりで見れば、固定費負担は減少する。例えば産出当たりの減価償却費は稼働率と反比例して減少する。単位当たりの総コストは両者の足し算で決まるが、変動費/数量の上昇は多かれ少なかれ固定費/数量の低下によって相殺され、減少することさえありえる。

次の焦点は産出価格(売上単価)であるが、仮に上の総コスト/量が不変だったとすれば、売上単価が不変(原材料価格上昇の転嫁率ゼロ)であっても、マージン率(売上高営業利益率)は低下しない。そして、量が増えるだけ利益総額は増加する。

原油など、国際商品市況で決まる原材料価格の多くは、個々の企業にとって所与に近い(企業はほぼ純粋なプライステイカー)であろう。一方、産出価格には相対的に企業の裁量が働きやすい。独占や寡占でない限り、価格決定が数量に直結する可能性は高い。とはいえ、数量の減少を恐れて値上げ幅を圧縮するのも、時に値下げするのも企業の裁量である。経験的に見ると、景気拡大期にはマージン率が上昇する(従って数量効果以上に利益総額は増える)一方、交易条件は悪化するのだが、これは極めて当たり前の企業行動の結果であるといえるだろう。投入単価の上昇分をフルに産出単価に転嫁するのは、単位当たり固定費の減少を踏まえればナンセンスでさえある。企業としては、単位当たり総コスト上昇率(場合によっては下落率)を下限、同じく変動費上昇率を上限とし、その範囲内で、販売数量への影響を勘案しながら販売価格を設定するに違いない。多かれ少なかれ、交易条件は悪化する。

こうして、交易条件は景気の結果である。現在は、景気が良いから企業収益は増加し、交易条件は悪化しているのである。景気が鈍化すれば交易条件の悪化も止まるのであり、現在の交易条件の悪化を、将来の企業収益や景気の悪材料と見る必要はない。


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