IT分野からみた米国企業改革法の是非

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2004年03月01日

  • 伊藤 慶昭
米国企業改革法(Sarbanes-Oxley Act:サーベンス・オクスリー法)が成立して約2年半が経過したが、この間、米国企業の経営者には様々な課題が突きつけられている。同法案は2001年11月にEnron社の、続いて2002年6月のWorldcom社による粉飾決算(不正会計)の発覚を契機に制定された。法律では上場企業の会計報告に対する投資家の信用回復を目的としており、会計報告内容に虚偽記載が存在した場合、その企業の経営者が個人名義で責任を問われるという厳しい内容が盛り込まれている。法律施行に伴い、米国調査会社のAMR Researchでは同法案に遵守するための対応として、約85%の上場企業がシステムの改修を実施し、2003年の単年で約25億ドル(約2,725億円、1ドル=109円換算)以上が費やされたと推定している。さらに企業によって対応規模はY2K(コンピュータ2000年対応)以上という意見も聞かれる。

法案は4条項(Section 302、404、409、906)を骨子として構成されるが、多くの米国企業において1次レベルともいえるSection 302(財務諸表の正確性を保証)の要求事項は達成しているものの、Section 404(財務諸表の処理手順が適正で、一般会計に則ったものであることを保証)とSection 409(重大事項を迅速に報告する義務)への対応が最大の課題となっている。健全な財務諸表の作成プロセスには、セキュリティ管理体制と社内管理規定の確立が前提条件となるが、Section 409の遂行には、これに加えてリアルタイム処理を行うシステムへの移行をはじめとして、アラート機能や異種間のシステム統合が必要になる。このように法案準拠にあたってはIT分野の対応は重要事項と言えよう。

米国企業改革法が施行されることで、企業は財務報告のプロセスに関して、対応の程度が「ベスト・プラクティス」の追及から法律遵守へと移行し、より厳格性が追及される。企業の中には法案施行によって莫大なIT投資を迫られることになり、経営環境を圧迫すると捉える向きもある。しかしながら同法案で定義されている条項の幾つかは、既にグラム=リーチ=ブライリー法(注1)を始めとした他の法規定で網羅しており、通常であれば全く白紙からの準備とはならない筈である。

その上、厳格な法案に対応することで、これまで存在していた重複項目など非効率な管理作業が排除され、最終的には報告プロセスが簡略化・標準化される、あるいはセキュリティが強化されることで各種リスクが軽減される等、企業側が受ける恩恵も少なくない。そして最も大切な事項として、透過性の高い財務報告プロセスの構築は、市場からの信頼を得ることにつながり、結果的に企業の株価安定に貢献するものと考える。

一方、システム・インテグレーション企業の立場からみれば、例えば金融業界におけるSTP対応(注2)で駆使した経験や技術が、通達プロセスの迅速化に役立てられるというように、大きなビジネス・チャンスになると捉えることもできるのではなかろうか。今年第二四半期には、企業にとって第一関門となるSection 404の準拠期限を迎える予定であるが、今後、各企業がこれらの課題をいかに克服していくか注目していく必要がある。

(注1)グラム=リーチ=ブライリー法(Gramm-Leach-Bliley Act)本来、金融機関が持株会社を創設することで、銀行、証券、保険等、金融に関するあらゆる業務を1つの経営母体で運営することを可能にした法律であるが、同法案の第5章に個人金融情報の保護規定が設けられており、2001年7月1日から施行されている。

(注2)STP(Straight Through Processing)対応特に証券取引業務において約定から決済に至るプロセスについて、標準プロトコルを用いてシステム間の自動化を図ることにより、人手をなるべく排除したシームレスな環境を目指すことを意味する。STP化を達成することで事務処理にかかるコストの削減に繋がる他、決済業務をはじめとした各種オペレーションにおいて、リスクが軽減できるなど、あらゆるメリットが期待されている。米国では本来、決済期間の短縮(T+1)と深く関連付けられて推進してきた。

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