課題が残るマクロ経済スライド改正案

2015年4月7日

  • パブリック・ポリシー・チーム エコノミスト 神田 慶司

6月から支給が開始される2015年度の年金額は、14年度から0.9%引き上げられる。消費税増税や円安で最近の物価は上昇傾向にあるが、年金額は物価の変化に応じて変動するのが基本である。ただ14暦年の消費者物価上昇率は2.7%だったから、0.9%では物価に追いつかない。その理由は、デフレ下で払われ過ぎてきた分の調整、物価と賃金の上昇率の違い、マクロ経済スライドによる抑制という3つの要因で説明できる。

以下では、今回初めて発動されたマクロ経済スライドについて考えてみたい。マクロ経済スライドとは、現役被保険者数の減少や平均余命の伸びに基づいて給付額を抑制する仕組みである。04年の年金改革で導入されたが、「名目額を引き下げるような調整は行わない」「デフレ下で払われ過ぎた年金水準が、物価が上昇することで適正化するまで実施しない」というルールにより、これまで一度も実施されなかった。15年度のマクロ経済スライドによる調整率は▲0.9%である。

マクロ経済スライドは、年金財政の持続性と世代間の公平性の観点から極めて重要な仕組みである。現在の年金制度は、先行き100年という視野で年金財政の均衡が図れるよう、一定期間、マクロ経済スライドを実施する設計になっている。マクロ経済スライドの先送りは、超高齢化の進行が分かっていながら現在の年金水準について必要な調整を先送りすることに他ならず、調整を長期化させることで将来の給付水準をみすぼらしいものにしかねない。

そのため、名目額を引き下げないという制約を取り払って、デフレ下や低インフレ下でもマクロ経済スライドが完全に働くように制度改正すべきということは以前から提言されてきた。今回は14年4月に消費税増税もあったため、たまたまスライド調整が行われるが、15年1月に公表された「社会保障審議会年金部会における議論の整理」でも、「賃金、物価の伸びが低い年度には、調整措置が十分に発動できない」「マクロ経済スライドによる調整が極力先送りされないよう工夫することが重要」と指摘されている。

その後の報道によると、政府は名目額を引き下げないという制約ゆえの抑制見送り分を翌年度以降に持ち越し、賃金や物価が大きく上昇した時にまとめて複数年分を調整する方式へ改める方針を固めたという。この改革案は、将来の年金受給世代(現在の現役世代)に負担が偏るという問題を改善させうる点で大きな前進である。しかし、この案がうまく機能するためには、結局のところ十分な賃金上昇や物価上昇が必要になるという点が重要である。端的に言えば、デフレ基調から脱却できない場合には、必要な調整は依然として進まないということだ。

図に示したように、スライド調整率は2020年代まで毎年▲1%程度だが、その後拡大して長期的には▲1.7%前後で推移する。デフレから脱却してもインフレ率が低ければ、スライド調整率の大きさから未調整分が累積してしまうだろう。年1.7%の物価上昇を実現している経済では少なくとも年3%程度の賃金上昇率が必要と考えられるが、それへの道筋は見えていない。

名目の年金額を引き下げたくないという政治の心理は理解できる。だが、マクロ経済スライドの意味を年金受給者に十分に説明し、名目下限という制約を撤廃して必要な給付抑制を進めるということの支持を保険料負担者から得ることこそ、政治の責任ではないだろうか。

マクロ経済スライド調整率の見通し

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