新春を迎えて
2026年01月01日
2025年は、複数のメガトレンドが相互作用しながら同時進行する一年だった。
メガトレンドには、MAGA(米国第一主義)とそれに伴い進展する世界経済の分断、格差の拡大、地政学リスクの高まり、AIなど先端技術の急速な発展による産業構造転換、気候変動、そして財政拡張に伴う各国財政の脆弱化などがある。
これらのメガトレンドは相互作用する。その大きなうねりの中で、国際秩序や経済は変化を遂げつつある。私自身がそれを感じたのは、2025年の夏にコロナ禍後初めてドイツを訪れた時のことだ。ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、ドイツでは、欧州の安全保障への積極的な関与が重要な政策課題となった。そのために、ドイツ政府はいわゆる「債務ブレーキ」を外して防衛費を2029年までにGDP比3.5%(関連インフラを含めれば5%)とする方針を打ち出した。兵員増強のために、今や徴兵制復活も視野に入る。戦後同じように平和主義を貫いてきた日本からすると考えられないようなドイツの変化は、ロシアがウクライナを侵攻しなければ、あるいは、米国が自国第一主義の下でNATOへの関与を後退させる姿勢を見せなければ起きなかっただろう。相互作用するメガトレンドが世界を変えたひとつの事例と言える。
では、このメガトレンドのうねりは日本にどのような影響を与えたのか。トランプ大統領が各国への関税の導入を公表した4月の、いわゆるリベレーション・デーの直後、米国市場は、株、債券、ドルの対主要通貨の為替相場が同時に下落するトリプル安に見舞われた。株価が落ちれば債券の価格は上がる(金利は低下する)という通常の相関関係が崩れ、まるで、ミンスキー・モーメント(※1)が到来したかのような混乱に米国金融市場はすくんだ。
一方、この時期、日本へは株と債券の合計で8.2兆円もの歴史的にみても大規模な資金が流入した。その後も、変動はしているが、日本への資金流入基調は続いている。こうした流れの背景には、金利のある世界が復活し、円建て資産の投資対象としての魅力が高まっていることや、「資本コストと株価を意識した経営」が浸透していること、事業ポートフォリオの再編に伴うM&Aの増加期待がふくらんでいることなどの要因があると考えられる。ドルの基軸通貨としての優位性が直ちに揺らぐことはないにしても、ドル建資産から円を含む他通貨や金への分散化を図る動きは今後とも続くだろう。
実体経済面でも、米国関税政策の日本への影響は、これまでのところ限定的だ。不確実性は残るが、日本経済には、混沌を凌いで成長していく追い風が吹いているように見える。ただ、追い風を捉えるための課題もある。
第一は、金融政策の正常化を着実に進めることだ。日銀は2025年12月の金融政策決定会合で政策金利を0.75%へ引き上げた。約30年振りとなる水準まで引き上げることができたのは、日本経済がデフレという慢性病を克服し基礎体力が回復していることの証左でもあると思う。この先は、景気を刺激も冷やしもしない、「中立金利」の目安を示した上で、その水準に向けて着実に政策金利を引き上げていくことで、行き過ぎた円安と、それを通じたインフレを抑制することができるだろう。
第二には、持続可能な財政構造の確立だ。日本の財政バランスは国際的に見ると、特に債務GDP比率が飛びぬけて高い。国債市場で次第に存在感を増している海外投資家は、この点に着目し、日本国債保有の対価としてリスクプレミアムを要求するので、その分長期金利に上昇圧力が加わる。万一、日本国債の格付け(海外格付け機関による格付けは現在シングルA格)が引き下げられると、日本の金融機関の外貨借り入れコストやグローバル企業の活動に広範な悪影響が及ぶ。国債の格下げリスクを軽視することはとても危険だ。幸い、日本の財政運営に対する信認は未だ失われてはいない。今のうちに、持続可能な財政構造の確立に向けた信頼できる確かな道筋を示すことが必要だ。財政運営は、経済的苦境を強いられている人々への支援と成長力強化に的を絞った上で、政府の投資支出について、成果を検証しながら効率化を図り、歳出・歳入を多年度でバランスさせていくことが「責任ある積極財政」の要諦であると思う。
世界は難しい局面を迎えているが、課題先進国だった日本にとっては、蓄積された知見を活かすことによって、「失われた30年」を取り返す絶好の機会が巡っていると言える。指針となるのが「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という米国の作家マーク・トウェインの言葉だ。混沌にしか見えない世界でも、過去と全く同一ではないが、共通因子(歴史の「韻」)が底流する。それを見いだせれば、シナリオ分析やシミュレーションを行うことによって、チャンスを掴む戦略を構築し態勢を整えることができる。2026年は、その能力が経済運営にも企業経営にも試される年になるだろう。
(※1)資産価格がスパイラル的に急落し金融市場が崩壊する転換点を指す。米国の経済学者ハイマン・ミンスキーが唱えた。
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