人的資本開示の好事例企業にみる共通点

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2025年10月29日

  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 小林 一樹

2026年3月期の有価証券報告書から、人的資本に関する開示内容の拡充が検討されている(※1)。2025年中に記載事項を定める内閣府令の改正案が公表され、パブリックコメントを経た後、具体的には、経営戦略と関連付けた人材戦略や平均年間給与の対前年事業年度比などの定量データの開示が求められる予定だ。開示が充実してきたことにより、企業担当者は他社の好事例を参考にできるようになってきた。金融庁や経済産業省も開示の好事例集を積極的に公表し、日本企業が人的資本を意識した経営を推進するための環境整備を進めている。

各機関の好事例集をみると、取り上げられる企業が一致または類似していると感じることがあるのではないだろうか。人的資本の効果が発現を要するまでには時間を要し、一朝一夕に実現できるものではない。選定企業の共通点としては、経営者のビジョンと強い意志、人的資本を支える体制、風通しの良い社内風土、各種施策の試行・検証の蓄積などが挙げられる。

選定される業種にも特徴がありそうだ。例えば、金融庁が2024年12月27日に公表した「有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の開示例(※2)」では、人的資本と多様性の好事例として11社が挙げられている。製造業が4社、総合商社が2社、金融業が2社、不動産業が2社、情報通信業が1社という構成である。このうち、製造業4社は自動車関連事業であり、自動運転などの技術革新によりビジネスモデルの転換を迎えている。金融業や不動産業も人口減少やデジタル化などを背景に従来の事業構造からの転換を図っている。総合商社や金融業、情報通信業も、人的資本が事業に及ぼす影響が大きいと言える。人材が持つ知識やスキル、アイデア、ネットワークなど、人的資本が事業戦略の実行に直結する。

加えて、事業サイクルが長いことも特徴的と考えられる。製造業はもちろん、総合商社のインフラ建設や資源開発、不動産業の都市開発、情報通信業のソフトウェア開発なども、企画・開発・生産・営業・販売まで、役割の異なる人材が数年にわたり事業に関与する。長い事業サイクルの中で、ノウハウや人的ネットワークなどの資本的要素が蓄積しやすいと言えよう。

人的資本の好事例企業には、経営者の意志や社内体制、社風など、企業内部の要因に共通点が見出されがちだが、それだけではない。「事業構造が変化している」「人的資本が事業戦略に直結する」「事業サイクルが長い」という事業環境にも共通点がみられる。そして、企業内部の取組みと、事業環境の特徴を結び付けて開示している企業が、好事例として取り上げられているのではないだろうか。自社内の取組みだけでなく、業界や事業構造を振り返りながら、人的資本経営とその開示にどう向き合うべきか、今こそ考えるタイミングである。

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小林 一樹
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