血糖値を”常時見える化”する時代へ:デジタル技術が変える国民病対策
2025年10月20日
食欲の秋だ。新米や旬の魚・野菜・果物、秋には我々の食欲を刺激する食材が店頭にたくさん並ぶ。そして、つい食べ過ぎたり、偏った食事をしたりしてしまいがちで、自分の体重や健康診断の数値を見ながら、反省することが多いのも秋の特徴だろう。
最近ではウェアラブルデバイスを含むデジタル機器を用いて、自分の体重だけでなく、体脂肪率、血圧、脈拍、歩数などのデータをスマートフォンで自ら管理している方も多いのではないか。私もこれらのデータを8年以上もの間、自分のスマートフォンで管理している。データを見れば、風邪などを引いた時などは脈拍が異常に上がり、逆に治ってくると落ち着いていくのが手に取るように確認できる。
デジタル技術を使って健康をモニタリングする動きは、近年、さらに広がりを見せている。例えば、血糖値を常時スマートフォンでモニタリングできるような新しい機器が登場しており、血糖値のコントロールが難しい糖尿病患者の大きな味方となっている。
糖尿病とは血液中のブドウ糖の濃度が慢性的に高い状態となる病気である。その予備軍も含めると、今や日本人の6人に1人が罹患しているとされる国民病だ(厚生労働省「平成28年国民健康・栄養調査」)。糖尿病というと、生活習慣病で自己管理ができない人がかかる病気と見なされがちだ。しかし、実は遺伝的要素がかなり大きいケース(2型)や、2025年のノーベル生理学・医学賞で話題となった自己免疫疾患により突然発症するケース(1型)などもある。しかも、現代の日本人は、食生活の欧米化で急速に糖質摂取量が増えており、元々血糖値の上昇を抑えるインスリン分泌量が少ないこともあって、糖尿病にますます罹りやすくなっている。決して他人ごとではないのだ。
そして糖尿病が怖いのは、合併症や低血糖だ。合併症が進むと、失明、神経障害による手足の切断、人工透析が必要なほどの腎機能悪化、心筋梗塞などに至る可能性がある。また、低血糖も重度の場合は昏睡状態となる。つまり、こうした恐ろしい糖尿病を予防し、あるいは悪化を防ぐために、血糖値をどのようにコントロールするかが極めて重要である。
実際の血糖値はリアルタイムに変動しており、例えば、食後には血糖値が急上昇しその後急降下する「血糖値スパイク」が起こりやすくなる。食後に急に眠くなるのはこの血糖値スパイクが起こっている証拠だ。この血糖値スパイクが繰り返されると血管を大きく傷つけて、動脈硬化を加速させることで心筋梗塞などを招く。血糖値の指標としては、過去1~3か月の平均的な血糖値を示すHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)が有名であるが、HbA1cはあくまで過去の血糖値の平均値なので、血糖値スパイクのような血糖値の変動はHbA1cでは測れない。この点については、指に針を刺して出した血液をテスターで読み取らせ、その都度、機器で血糖値を測定する方法がある(※1)。しかしその方法だと、1日にせいぜい数回しか血糖値が測定できず、血糖値の変動が点と点でしか把握できないため、従来は高血糖もしくは低血糖という危険な状態を見逃すリスクも高かった。
しかし今では、腕などに取り付けたセンサーから血糖値のデータがスマートフォンのアプリへ自動で送られ、血糖値の変動を分単位でリアルタイムに測定できるようになった(※2)。その結果、糖尿病の評価指標として従来のHbA1cに加えて、血糖値の変動も考慮した新たな評価指標も出てきている(※3)。デジタル技術が人々の健康管理の方法を大きく変革しようとしている良い例だろう。
このようにデジタル技術がさらに実装されれば、糖尿病のような国民病でも一層うまくコントロールできるようになるかもしれない。人工透析が必要なほどの腎機能悪化といった合併症などを低減できれば、膨れ上がる医療費の削減にもつながり、本当に必要な医療に資源を割くことも可能となるだろう。食欲の秋の誘惑に負けそうになるが、デジタル技術で得られたデータを活用しながら、我々の行動を変えていくことで、より健康的かつより良い社会の実現が可能になる。
- (※1)この方法による血糖値の測定は自己血糖測定(SMBG:Self Monitoring of Blood Glucose)と呼ばれる。
(※2)リアルタイムによる血糖値の測定方法は持続血糖測定(CGM:Continuous Glucose Monitoring)と呼ばれる。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

- 執筆者紹介
-
経済調査部
主任研究員 溝端 幹雄