AI時代の“アイデンティティ”と“いのち”を考える——大阪万博で心が動いた瞬間
2025年10月16日
2025年の大阪・関西万博に、筆者は三度足を運びました。会場の熱気や、世界中から集まった多彩なパビリオンの個性に毎回圧倒されながらも、特に心に残ったのは「Null²(ヌルヌル)」と「いのちの未来」パビリオンでした。どちらも、ただの展示やショーではなく、私自身の価値観や未来への思いを大きく揺さぶる体験だったと思います。
「Null²」は、メディアアーティストの落合陽一さんが手がけたパビリオンです。外観の美しさに惹かれて中に入ると、靴を脱いで全面映像の部屋へ。そこはまるで、自分がデジタルの世界に溶け込んでいくような、不思議で心地よい空間でした。生成AIとの対話や、自分の身体がデジタル化されて有機的に変形していく様子を体験しながら、「個人という記号を無くす」というテーマが強く突きつけられました。仕事や肩書きがAIに取って代わられる時代に、私たちは何を拠り所に生きていくのか。体験が終わった後も、自分自身のアイデンティティや存在意義について、ずっと考え続けてしまいました。
「いのちの未来」パビリオンは、ロボット工学者の石黒浩さんがプロデュースしたものです。人間とアンドロイドの境界が曖昧になった未来を描き、アンドロイドが当たり前にいる世界での家族の物語が展開されます。特に印象的だったのは、祖母と孫が未来の家で過ごすシーン。孫が「海が見えるお家がいい」と言うと、壁に美しい海の景色が映し出され、二人でケーキを食べながら穏やかな時間を過ごす、そんな未来の家族の姿に、技術がもたらす新しい温かさを感じました。物語が進むにつれ、祖母の余命が近いことが明かされ、記憶をアンドロイドに移すか、生を全うして自然な死を選ぶかという究極の選択が提示されます。祖母は「アンドロイドの私でも、大切な人を思い続けることができるのかな?」と孫に問いかけ、孫は静かにその思いに寄り添う。家族の愛や記憶が、技術によってどのように未来へ受け継がれていくのか。人間らしさや「いのち」の本質が、技術によってどこまで広がっていくのか。このやりとりは、筆者の心に静かな感動と深い問いを残しました。
どちらのパビリオンも、共通して「自分自身や未来について深く考えさせられる」「体験後も余韻が残る」という点がありました。万博ならではの先端技術とアート、そして哲学が融合した体験型展示は、筆者の価値観や未来への見方に大きな影響を与えてくれました。これからの社会でAIとどう向き合っていくのか、私たち人間は何を大切にして生きていくのか、そんな問いを、万博は筆者に投げかけてくれた気がします。万博で感じた驚きや感動、そして心に残った問いを、これからも大切にしていきたい。ありがとう、万博。
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デジタルソリューション研究開発部
チーフグレード 參木 裕之