AI時代の「決める力」を支える組織設計
2025年10月15日
中学受験を控えた子どもを支えていた頃、塾講師からこう助言された。
「親の役目は、何をやるかではなく、何をやらないかを決めることです。」
膨大な課題が配られる中で、すべてに手をつけようとすると、時間も集中力も分散してしまう。限られたリソースの中で成果を出すには、まず「やらないこと」を選別する判断が必要だった。
この教えは、情報があふれる現代のビジネス環境にも当てはまる。昨今、企業の意思決定環境は大きく変わった。かつては限られた情報の中で判断せざるを得ないことも多かったが、今は膨大なデータが瞬時に可視化され、選択肢が次々と提示されるようになった。AIの導入によって、こうした状況は一層加速することが想定される。一見、情報が増えれば便利になるようにも思えるが、実際には選択肢が多すぎて、何を基準に決めればよいのかを見えにくくしている。だからこそ、今求められているのは「すべてを知る力」ではなく、「何を見ないかを選ぶ力」と考える。
判断力と決断力は似て非なるものである。判断力とは、情報を取捨選択する力であり、決断力とは、選んだ先に責任を持つ覚悟である。AIによって生成される過剰な選択肢を前にして、人間は、判断を経て、腹をくくって決断しなくてはならない。こうした「選び、決める力」が問われる時代において、組織としてその力をどう発揮していくかが重要なテーマとなる。
トップが経営判断を行うにあたっては、コーポレート部門の判断力が重要となってくる。トップを支えるコーポレート部門があまりにも多くの情報をそのまま提示したのでは、経営スピードが損なわれ、ひいては企業競争力まで失いかねない。その意味で、コーポレート部門は、トップの思考プロセスを踏まえた情報整理を行ったうえで、スピーディーな決断を助ける整理された情報をトップに示す必要がある。コーポレート部門は「思考と選択」の機能を、より戦略的かつ主体的に発揮する部門へ進化することが求められている。
同時に、事業部門には、事業に関する判断と決断の権限を委譲することも必要であろう。コーポレート部門は全社最適やリスク管理に集中するとともに、企業全体の方向性を明確にする役割を担う。こうした方向性の決定は、単なる全社最適の枠を超えた、より本質的かつ戦略的な判断である。双方がうまく機能するためには、求心力と遠心力のバランスを最適に保ち、スピードと統制の両立を可能にする組織設計が要諦となる。コーポレート部門が事業部門を支え、その支えによって事業部門が速やかに選択できる組織にするとともに、意思決定の文化を育てることが重要である。
では、トップは何を担うのか。トップの役割は、適切な経営判断を踏まえ腹をくくって最終決断を行うとともに、企業の顔として向かうべき方向性を社内外に示すことである。組織全体としての「決める力」の強さと、トップのアピール力が、より強い企業をつくるのではないか。AI時代においては、「決める力」の弱い企業は市場から退場を余儀なくされることになろう。
情報が多いことが、必ずしも良い判断につながるわけではない。むしろ、情報に溺れず、選び、決める力こそが、これからの組織にとっての競争力となる。AIが示す選択肢の先にあるのは、結局、人間の覚悟なのだ。
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- 執筆者紹介
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コーポレート・アドバイザリー部
コンサルタント 大泉 幸子