政治不安が続くアジア新興国、脆弱な中間層に配慮した政策を
2025年10月10日
2024年夏以降、南アジアや東南アジアなどで、反政府デモのニュースを目にする機会が増えた。2024年7月にはバングラデシュで、退役軍人の家族を対象とした公務員採用の優先枠を復活させる判決を高等裁判所が下したことに対し、学生デモが起きた。ハシナ前政権は崩壊し、2026年には総選挙が実施される予定だ。インドネシアでも2025年7月、若者層の反政府デモが起きた。2026年度予算の中で議員に用意された住宅手当の額が、最低賃金の約10倍にのぼる額だったことに対し、国民の不満が爆発したのだ。さらに同年9月にはネパールで、SNSの使用禁止を発端とした反政府デモが起き、オリ前首相が辞任に追い込まれた。背景には、政府の汚職や縮まらない格差に対する抗議の意があった。
このように、一部のアジア新興国では、生活が豊かになっているという実感が持てないまま、富裕層との格差が広がり続けることにいら立ちを見せる若年層の姿が目立ち始めている。インドネシアの中央統計局が発表したデータによると、同国では近年、一人あたりの月間消費額が120万~600万ルピア(約11,400~57,000円、2024年の平均レートを使用)である中間層の割合が低下し、その代わりに上昇しているのが、一人あたりの月間消費額が35.4万~53.2万ルピア(約3,400~5,100円)の脆弱層と呼ばれる人たちの割合である(※1)。
インドネシアのほかにも、中間層の育成に頭を抱えるアジア新興国は多い。図表は、ASEAN主要国とインド、そして今回デモが生じたバングラデシュ、ネパールの一人あたりGNI(国民総所得)と、その目標をまとめたものである。これによると、マレーシアとフィリピンを除く国々で、近年の所得水準と目標との間に乖離があることがわかる。さらに、タイ、ベトナム、バングラデシュ、ネパールにおいては、一人あたりGNIの直近の年平均増加率が、それ以前と比べて低減している。つまり、目標とする上位の所得区分に達する前に、所得の伸び悩みが始まっているのだ。この課題に対処するためには、製造業の育成や、生産性の向上等といった抜本的なテコ入れが必要だ。
このように、所得格差の拡大が社会不安を誘発している国々で必要とされているのは、それを一時的に鎮静化させるような大衆迎合的な政策(例えばバラマキ的な現金給付等)ではない。むしろ、痛みを伴ったとしても成長に通じるような構造改革を通じて、中間層の厚みを増すような政策だろう。
(※1)インドネシア中央統計庁 “Understanding the Differences in Poverty Rates Reported by the World Bank and Statistics Indonesia” 2025年5月2日
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- 執筆者紹介
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経済調査部
シニアエコノミスト 増川 智咲
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