日本版ソブリン・ウェルス・ファンド創設の是非
2025年10月08日
2025年6月に閣議決定された、「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)(2025年6月13日閣議決定)(※1)には、「公的部門が保有する資産について、その保有目的等も踏まえつつ、運用改善や有効活用の有用性を検討する。」(p.49)と記載された。これは、公明党の2025年7月の参院選マニフェスト(※2)に盛り込まれている「日本版ソブリン・ウェルス・ファンドの創設」を意味するものである。
ソブリン・ウェルス・ファンド(Sovereign Wealth Fund, SWF)とは、政府(国・地方)が所有する特別な目的の投資ファンドまたは仕組みで、マクロ経済上の目的で設立され、財務的な目標を達成するために資産を保有・運用し、外国の金融資産への投資を含む複数の投資戦略を用いるものとされる(※3)。一言で言えば政府が運営する投資ファンドであり、海外のSWFでは、石油などの天然資源の売却益や貿易黒字の累積などで生じた余剰資金を、将来世代のためや経済安定化などを目的に運用している。
日本版SWFについては、過去にも政府・与党で検討されたことがあったが、2008年に金融危機が発生したことなどにより、その後の議論は進まなかった。
では、この日本版SWFにはどのような利点と課題や懸念があるのだろうか。
まず、利点として、国民の資産を効率的に運用し、その収益を政策の経費に充てることで、税収や国債を補完する新たな財源を確保できる可能性が挙げられる。また、SWFが巨額の資金を長期的かつ安定的に運用することで、資本市場の安定に寄与する可能性も指摘されている。さらに、SWFが投資先企業の株主となることで、海外の特定産業を国内に誘致したり、国内企業の海外進出を支援したりするなど、戦略的な産業政策実施の手段とすることも考えられる。
一方、考えられる懸念の一つとして、SWFの運用の成果は、専門家の選択より資産配分に左右される可能性があるため、一時的な成功はあっても長期的に安定した成果を上げ続けるのは難しい、というリスクが指摘される。また、公的資金が有限な投資機会を占有することで、民間資金の投資余地が狭まり、資源配分を歪めてしまうという懸念もある(特に特定市場や銘柄に集中投資した場合)。
そもそも、巨額の政府債務を抱えて財政再建が急務のわが国において、資産があるならば、運用するのではなく、政府債務の返済や減税を優先すべきとの意見もあるだろう。
加えて、公的資金の運用は、政治的な影響から完全に自由であることは困難であり、例えば、特定の産業や地域への救済的な投資を求める政治的働きかけが生じる恐れや、株主権の行使が、政府による経営介入となり、他の株主利益を損なうといった懸念もある。
日本版SWFの創設の議論は、わが国の財政状況や懸念などを十分に踏まえた上で、国民的な合意形成に向けた、慎重な検討が求められるものと思われる。
- (※3)IWG (International Working Group on Sovereign Wealth Funds) "Sovereign Wealth Funds Generally Accepted Principles and Practices "Santiago Principles"" (October 2008)
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金融調査部
金融調査部長 鳥毛 拓馬