進化し続ける健康経営
2025年09月12日
健康経営(※1)の役割が、社会全体のウェルビーイング向上や経済成長の基盤形成へと広がりを見せている。2020年度以降の健康経営度調査(経済産業省)を振り返れば、かつては従業員の生活習慣病予防などの基礎的な健康管理に関する設問が中心だった。しかし近年は、働き方改革やダイバーシティ推進、人的資本経営との一体的な推進、さらには企業の枠を超えた社会的価値の創出にまで問われるテーマが拡大している。
具体的には、2020~2021年度の調査では、受動喫煙対策や予防を含むメンタルヘルス不調者への支援、ストレスチェックの実施結果の開示等が求められていた。2023年度以降は、仕事と育児・介護の両立支援、在宅勤務・テレワーク等の導入、非正社員等への健康施策、女性や高齢者の健康課題への対応等、多様な人材の活躍を支える取り組みについても問われるようになった。さらに、足もとでは、取引先・他社に加え、地域・社会に対する健康経営の普及・支援が問われるなど、健康経営のスコープが自社従業員の枠を超えて広がっている。
この背景には、健康経営が人的資本経営の実効性を高めるとともに、その波及効果によって社会全体のウェルビーイングや付加価値の向上につながる基盤とみられるようになったことがある。企業の成長や競争力の源泉を人材とみる人的資本の考えが広がり、生産性の向上やイノベーションの促進に不可欠な従業員の健康が、企業の重要な経営課題と捉えられるようになった。2023年3月期決算より有価証券報告書で人的資本の情報開示が義務化されたことに伴い、健康経営の取り組みを記載する企業も増えている。従業員の価値最大化を図る人的資本経営は、社会全体の豊かさと活力につながると期待されている。
こうした環境変化を踏まえたテーマの広がりに伴い、健康経営度調査の評価対象となる指標も変化しつつある。現時点では、依然として施策の実施状況(アウトプット)が中心だが、徐々に成果(アウトカム)を問う設問も増えてきた。例えば、業務パフォーマンス指標(アブセンティーイズム、プレゼンティーイズム、ワークエンゲージメント等(※2))の定量的な把握や健康風土の醸成状況の可視化など、健康経営の効果を客観的に示すことが求められるようになっている。今後は、単なる施策の実施にとどまらず、従業員の意識や行動変容、健康状態の改善といった個々の変化、さらに企業の持続的成長や地域社会へのインパクトにまで、評価軸がシフトしていくことが予想される。
健康経営を推進する企業には、自社の取り組みが従業員・企業・地域社会等に与える成果を可能な限り見える化し、積極的に開示・発信していく姿勢が求められる。ステークホルダーの期待や企業を取り巻く環境の変化に応じて、健康経営の役割と評価軸はさらに発展していくだろう。
(※1)「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
(※2)アブセンティーイズムとは傷病による欠勤、プレゼンティーイズムとは健康問題による生産性低下、ワークエンゲージメントとは仕事への活力や熱意のこと。
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政策調査部
主任研究員 石橋 未来