“タリフマン”トランプ大統領は“ピースメーカー”になれるか ~ ノーベル平和賞が欲しいという野望

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2025年09月03日

就任230日弱のトランプ大統領は、引き続き、お金集めに余念がない。

有名大学に対して、政府からの助成金等の支援凍結で揺さぶりをかけて、トランプ政権の方針に従うように求めるだけでなく、和解金まで支払わせようとしている。また、企業に対しては、中国への半導体輸出を許可する代わりに、関連する売上の一部を政府に上納させる仕組みを打ち出した。そして、500万ドルで米国への永住権を得られるというトランプ・ゴールドカードの販売にも乗り出している。7万人近くが事前登録をしたとトランプ政権はアピールするが、仮に全員が購入すれば3,500億ドル、約50兆円の収入となる皮算用だ。もっとも、開設されたサイトには“The Trump Card is Coming.”の文字だけで、現状は、実現性を含めて不透明なままである。

一方、確実に国庫を潤しているのが関税収入である。7月の関税収入は約280億ドルと、トランプ2.0前の4倍近い水準になっており、タリフマン(Tariff Man)としての面目躍如だろう。ただ、IEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠とした相互関税導入等に対しては、8月末、連邦控訴裁判所が、関税を無制限に課す権限は含まれていないとして、一審に続いて、関税措置は無効で違法という判断を示した。トランプ1.0において保守派が過半数を握った連邦最高裁判所がどう判断するか分からないが、各国は徴収された関税を取り戻せる余地が出てきた。だが、関税収入は、7月に成立したThe One, Big, Beautiful Bill Actの財源の一つとして組み込まれており、代替は容易ではない。

そうなると、先の判決の対象となっていない、1962年通商拡大法232条に基づく個別品目への追加関税に依存する恐れが高まろう。現在、鉄鋼・アルミ製品、自動車・同部品、銅に適用されているが、細かな適用対象品目は拡大しており(8月半ばには約400品目を追加)、税率もトランプ大統領の気分次第で引き上げられる可能性がある。さらに、木材や半導体、医薬品、重要鉱物、民間航空機等が232条の調査対象となっており、将来の高関税品目に際限がないともいえる。

トランプ大統領は国内外で摩擦を引き起こすことを厭わないが、一方で、外交面では、精力的に仲介役のイメージを築こうとしている。具体的には、5月にインドとパキスタンの停戦合意に関与したほか、7月のタイとカンボジアの武力衝突については、両国を関税で脅しながら停戦を仲介した。8月に入ると、アゼルバイジャンとアルメニアの和平実現に向けた共同宣言の署名に立ち合い、続いて、3年半経過したウクライナ戦争にも乗り出して、アラスカでプーチン露大統領と首脳会談を行った。

このような行動の動機として広く指摘されているのが、トランプ大統領のノーベル平和賞への強い関心である。一連の国内政策はカネ勘定でアピールできたとしても、対外的には、誰かに誉めてもらうのが手っ取り早く、分かりやすい。だが、ノーベル自身が遺した、「国家間の友愛、常備軍の廃止または削減、及び平和会議の開催と促進に対して、最大または最善の貢献をした人」(※1)という平和賞の選定基準に照らせば、トランプ大統領が実行している政策、例えば、人道上を含む対外援助の大幅な削減、NATO加盟国等への執拗な軍事費増額要求、そしてアメリカファーストという自国第一主義を掲げる政策は、平和賞との親和性が低いようにみられる。

過去にノーベル平和賞を受賞した米国大統領には、日露戦争の講和を斡旋したT・ルーズベルト大統領、国際連盟を創設したウィルソン大統領、長きにわたる活動に対してカーター大統領、国際外交と国民間の協力を強化するための並外れた努力に対してオバマ大統領という4名がいるが、特に、オバマ大統領は就任1年足らずの受賞であった(ルーズベルトとウィルソンは2期目、カーターは退任から約20年後)。実際、トランプ大統領は、“何もしていない”オバマが賞をもらったのだから、その程度なら自分ももらえる資格があるはずだ、あるいはもらうのは容易と考えているのかもしれない。

3期目の可能性が限りなく小さいトランプ大統領が抱く野望は、「歴史に名を刻むこと」だろう。それ自体、過去の大統領もレガシーを残すよう注力してきたので不思議ではないが、トランプ大統領の場合、ノーベル平和賞受賞への執着が強い。米国第一を実現したタリフマンだけでなく、就任演説で言及したピースメーカー(peacemaker、平和の仲介者)も目指すということだろう。ただ、ここまでのトランプ大統領の振る舞いを見る限り、米国内だけでなく、対外的にも分断を招いた悪名の方が勝っているように思われる。

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近藤 智也
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政策調査部

政策調査部長 近藤 智也