コーポレートガバナンス改革について改めて考える
2025年05月26日
2015年のコーポレートガバナンス(CG)・コードの導入以降、CGの改革が強力に進められてきた。CGコードの策定は、多くの企業にとって必要な改革を進める一つの重要な契機になったものと考えるが、その運用実態を見ると、時を経るにつれ、当初の考え方からは相当な乖離が生じてきているように見える。CGのあるべき姿は、本来、企業ごとに区々である。このため、CGコードでは、プリンシプル・ベース(原則主義)およびコンプライ・オア・エクスプレイン(原則を遵守するか、遵守しない場合はその理由を説明する)の手法を採用し、そうした多様性を許容するというのが当初の考え方であったはずだ。しかしその後、CGコードの改訂が重ねられる中で、CGコードの内容は逐次詳細なものとなり、マイクロ・マネージ(細かく管理すること)の傾向が強まっている。また、証券市場においてパッシブ運用の投資家があまりに支配的となる中、多くの投資先企業を有する機関投資家のチェックはどうしても形式的なものとなりがちだ。このため、企業としてはエクスプレイン(説明)をして投資家の形式チェックに掛かることをおそれ、仮に形式的なものであってもコンプライ(遵守)せざるを得ない結果となっている。
CGコードは定期的な見直しの方針が示され、当初、3年おきに改訂が行われた。しかし、上述したような状況の下、2021年の改訂を最後に、この方針は変更された。現在、当局や証券取引所は、更なるCGコードの改訂を通じて規律付けを行うのではなく、CGの実質化を標榜し、資本コストや株価を意識した経営ということを強調するようになっている。それ自体は正しい方向だと考えるが、その関係で特にPBR(株価純資産倍率)の水準に着眼して規律付けが進められていることには注意を要する。PBRの水準は、株価の水準に左右されることから、企業が必ずしも直接、制御できるものではない。そうした指標を基準として用いることが企業の規律付けの手法として果たして有効なのかという問題が生じる。また、PBRの改善には、多くの場合、企業が成長の実績を一つ一つ積み上げることで投資家の信認を確保し、成長期待を高めていくというある程度、時間をかけたプロセスが必要になることも認識しておく必要がある。あまりに性急な対応を迫ることで短期的な株価の上昇をねらった自社株買いや増配を誘発するだけのことに終われば、持続的な成長にはかえってマイナスとなりかねない。
さらに、CG改革が、今や、機関投資家の積極的な議決権行使やそれに関する議決権行使助言会社の助言などの形で、CGコードの記述や考え方を越えて自律的な動きを見せるようになっていることにも留意が必要だ。自律的な動き自体はCG改革の本来の形であり、望ましいことだとも言える。しかし、そこでは、例えば、取締役会の構成や財務指標の水準、政策保有株式の保有などについて、極めて形式的・画一的基準に基づく議決権行使や助言が行われるケースもあり、こうした基準は時とともに強化・厳格化される傾向にある。当局や証券取引所が実質化を唱えるのであれば、こうした状況は逆方向のものであり、看過できないのではないか。
当局や証券取引所には、CG改革について、単純にこれまでの施策の延長線上で考えるのではなく、実態として改革が市場や企業経営にどのような効果・影響を及ぼしてきているかを一つ一つ検証しながら、歩みを進めていくことを期待したい。
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専務理事 池田 唯一