SBTi企業ネットゼロ基準の改訂で、Scope3の目標設定はどう変わるか?

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2025年04月23日

2025年3月、SBTi(Science Based Targets Initiative)より企業ネットゼロ基準の改訂案(以下、改訂案)が公表された。SBTiは企業に科学的根拠に基づく温室効果ガス(GHG)排出削減の目標設定を促す国際イニシアチブである。同基準は2021年に公表されて以来の大幅な見直しとなり、注目度が高い。改訂の背景には気候科学の知見の進化やベストプラクティスの普及、ステークホルダーからの脱炭素化への要求の高まりを踏まえ、2050年ネットゼロ目標の達成に向けて企業に今まで以上に野心的な目標設定を促す狙いがある。

改訂案の大きな変更点及び特徴は、ネットゼロ目標の設定に重点を置いていた前バージョンから大きく進化し、目標設定、進捗評価、主張を網羅する、より包括的なアプローチが提案されている点である。本コラムでは、企業の関心が高いと考えられるScope3排出量(その他の間接排出量、(※1))の目標設定の考え方に焦点を当てたい。Scope3排出量は、バリューチェーン全体での脱炭素化がネットゼロ目標の達成に向けて不可欠であることから、開示義務化の方向にある。しかし、その排出量は多くの企業で総排出量の大きな部分を占める一方で、企業は排出源データへのアクセスやトレーサビリティ確保等に関して課題を抱えている。

改訂案では、Scope 3目標の設定がカテゴリーA企業(高所得国の大・中規模企業)に義務付けられる(従来は、総排出量のうちScope3排出量が40%以上を占める企業に限定)。また、全ての企業でScope3のカバー率を短期目標で67%以上、長期目標で90%以上にするという、従来の目標設定(固定割合アプローチ)から脱却し、排出量が多い活動や企業が影響力を持つ排出源(Tier1サプライヤーなど)への対策を優先する目標設定(影響度アプローチ)に変更されている。さらに、排出源データへのアクセスの難しさから、グリーン調達の割合や低炭素製品が収益に占める割合などの非排出量指標を活用した目標設定が推奨されている。その他、Scope3を含む排出量の進捗評価と報告要件が強化され(例えば、カテゴリーA企業に対してはScope1、2、3排出量に対する第三者保証が新たに義務付け)、排出量データの信頼性や報告の透明性の向上が図られている。

このように、Scope3の目標設定に関して要件を厳格化し、また目標設定のアプローチを発展させることで、企業により戦略的な目標設定を促し、単なる排出量削減だけではなく、バリューチェーン全体での構造的な変革を求めている。これらは、短期的には企業の負担増となる可能性はあるが、長期的には企業価値向上につながるものとして、投資家や先進的な取組みを行う企業などの利用者に肯定的に受け止められるのではないだろうか。

改訂案は意見募集(期間:2025年3月18日~6月1日)と修正・承認を経て最終版が正式に公表されるが、現状案ではカテゴリーAに分類されるグローバルに事業を展開する大規模企業やバリューチェーン全体でScope3排出量が多い製造業や小売業等の業種などへの影響が大きいことが想定される。仮に現状案が採用された場合、バリューチェーン内で排出量が多く影響力を行使できる範囲の特定やサプライヤーとの連携強化、排出量データの透明性の向上(例えば、データ収集や分析)を支援する技術への投資、非排出量指標の目標設定への組み込みなどが求められる可能性があることを念頭に置きつつ、今後の議論を注視しておく必要があるだろう。

(※1)Scope1(自社によるGHGの直接排出)、Scope2(自社が購入・使用した電力、熱、蒸気などのエネルギー起源の間接排出)以外の間接排出(自社事業の活動に関連する取引先等の排出)を指す。

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依田 宏樹
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 依田 宏樹