見直すべきは高額療養費だけではない
2025年03月10日
2025年度の予算に関する国会審議では、高額療養費制度の見直しが論点になっている。高額療養費とは、医療機関や調剤薬局の窓口での患者負担に上限(原則として月単位)が設けられている仕組みである。患者の自己負担は年齢により医療費の1~3割だが、長期の療養や高額な治療の場合のセーフティネットとして限度額が設定されている。
厚生労働省「医療保険に関する基礎資料」によると、高額療養費の適用は2021年度で約6,200万件あり、2.8兆円が支給(保険から給付)されている。直近10年間では年率3.4%のスピードで増加しており、医療費全体の伸び率(1.6%)を大きく上回る。財源は全国民が負担する健康保険料などである。
高額療養費については、世代間・世代内での負担の公平を図り、能力に応じた負担を求める観点から、賃金等の動向と整合性をとる見直しの実施が決まっていた。具体的には、政府与党内での合意によって2023年末にその方針が閣議決定され、2025年8月から3年をかけて年収や年齢で異なる負担上限額を段階的に引き上げる政府案が2024年末にまとめられた。
上限額をいくらにするかの決定は法律が政府に委任しているが、2015年以降、一部を除き見直されてこなかった。今回、ここ約10年間での平均給与の伸びに合わせて、平均的な所得層での上限引上げ幅が10%に設定された。低所得層は5%、住民税非課税世帯は2.7%などの配慮もなされ、見直し後の金額を標準的な月収との対比で見ても、過去の見直しと平仄がとれた合理的な内容である。
制度改正の目的は、高額療養費を含めた公的医療保険の持続性を確保することであり、それは国民の手取りを左右する社会保険料の増加の抑制にもつながる。政府案ベースで年間5,300億円の給付費(うち保険料は3,700億円)の抑制となり、被用者保険の加入者1人当たり保険料を3,500~5,000円抑えると示された。
それでなくても高額な薬が次々と登場する中、高額療養費などの制度のメンテナンスを怠ると、実効的な給付率の上昇と医療購入者の負担率の低下が起き、国民全体の負担率が上昇してしまう。医療保険全体で見た実効給付率は2015年度の84.84%から2021年度には85.46%に上昇しており、政府案はちょうどそれを相殺する規模の見直しだった。
だが政府案に対しては、国会で異論が呈され、年に4回以上上限に該当する患者については上限額を据え置く修正が政府・与党から示された。さらに、応能負担を徹底するため所得区分を2026年夏以降に細分化する当初案について、今年の秋までに再検討する姿勢が打ち出され、最終的には今年夏の見直しを含む全体をいったん見送ると石破首相が表明した。
ただ、この課題は高額療養費だけで議論されるべきではない。そもそも医療が高額になりすぎるのが問題なのだから、医薬品や医療機器に関する費用対効果評価を幅広く導入し、同じ効果をできるだけ低価格で得られる仕組みが必要である。また、抗がん剤等で代替性のない薬の患者負担は現状を維持する一方、市販品類似の医療用医薬品や軽度な疾病向けの薬剤の自己負担を引き上げることも考えられる。
さらに、一部の患者について高額療養費制度をむしろ拡充する必要があるならば、広く受診時に定額の負担を国民に求め、その一部を財源とすることも検討に値する。実際、相対的に低額の医療について患者負担を増やし、高額の医療への保険給付を増やすことを、2011年頃に当時の民主党政権は検討していた。政治にはさらなる議論の深化を期待したい。
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